近現代史記事紹介-6

 

■ 日本をおとしめるプーチン氏の思考回路

 

 

産経新聞のロシア深層に、遠藤良介氏の「日本をおとしめるプーチン氏の思考回路」が載っており、面白いコラムだったので書き起こして掲載します。

 

ロシアからみる日本の位置づけは興味深い。ヤルタ会談のとらえ方が思考の起点になっているということですね。

2022/12/01

 

ロシア深層

日本を貶めるプーチン氏の思考回路 遠藤良介

2022/11/29 16:30  国際 欧州・ロシア

 

ロシアジャーナリスト 遠藤良介氏
ロシアジャーナリスト 遠藤良介氏

 

遠藤良介は1973年、愛媛県生まれ。東京外国語大学ロシア東欧語学科卒。同大学院地域文化研究科博士前期課程修了(国際学修士)。産経新聞入社後、横浜総局、盛岡支局、東京本社外信部などを経て2006年からモスクワ支局。14年から18年まで同支局長。日本人記者として歴代最長の連続11年8カ月にわたってモスクワ特派員を務め、ロシア・旧ソ連圏を最前線で追い続けた。08年のジョージア(グルジア)紛争や14年のクリミア併合、ウクライナ東部紛争でも現地取材。18年8月に帰国し、現在は外信部次長兼論説委員。

 

遠藤良介のロシア深層

日本をおとしめるプーチン氏の思考回路

目指すは「新ヤルタ体制」

 

 

ロシアのプーチン大統領は日本を米国の属国だとみている。やや旧聞に属するが、ウクライナ東・南部4州の併合を宣言した9月30日の演説で明白に述べていた。「(米国は)現在までドイツと日本、韓国などを事実上占領し、皮肉にもそれを対等の同盟と称している」

 

プーチン氏は「(米国は)これらの国の指導者らを監視し、職場だけでなく住居にも盗聴装置を仕掛けている」とも主張した。「それをしている者も、奴隷のように黙って受け入れている者も大いに恥ずべきだ」という。

 

侮辱も甚だしい。否、妄想もここまでたくましくなると感嘆を禁じ得ない。

 

彼の頭の中で、米国は世界を支配しようとしている存在だ。ロシアはそれにあらがい、世界の「多極化」を目指して先頭に立っているのだと自任している。先に紹介した発言は彼の本音であると同時に、米国の同盟諸国を挑発し、離反させる狙いから出たものだろう。

 

 

もともとプーチン氏は第二次大戦後の秩序をつくったヤルタ合意(1945年2月)を賛美している。

 

米英ソの首脳はヤルタ会談で枢軸国の扱いを話し合い、「軍事的に掌握した国が占領統治の実権を握る」と取り決めた。これにより、ソ連は東欧諸国を支配して共産化を進め、東西冷戦の構図が定着した。ヤル

タ体制とも呼ばれる。

 

今日の米欧では、ヤルタ合意は小国を犠牲にする「重大な過ち」だったとみなされている。これに対してプーチン氏は、ヤルタ体制こそが世界に安定をもたらしたと称賛してきた。

 

もはや当時の米ソによるような「世界二分割」は不可能だ。そこでプーチン氏が目指しているのは、いわ

「新ヤルタ体制」である。      

 

つまり、米中露などいくつかの大国が勢力圏を分け合い、世界を分割統治する。彼はこれを「多極世界」と称し、ロシアは「極」の一つであるべきだと考えている。

 

プーチン氏の中で、独立国の主権という概念はきわめて乏しい。彼にとって「主権国家」とは、核兵器を持ち、同盟国の意向に左右されずに行動できる国を指す。ウクライナ侵略の淵源も、この思考回路にあ

る。

 

プーチン氏はウクライナ人とロシア人を「一つの民族Lとみなしている。それなのに、ウクライナは年を追って親欧米路線を強め、北大西洋条約機構(NATO)加盟も望み始めた。

 

ウクライナには主権があり、国の進路を決めるのはその国民だということが彼には理解できない。米欧がウクライナの「過激民族主義者」を手先にして反露の「愧儡政権」を打ち立てたのだと考えた。米欧はウクライナをロシアに向けた「軍事拠点」にしているとして侵略の挙に出た。

 

プーチン氏の世界観を大半の国は受け入れられない。その証拠に今、ロシアは旧ソ連諸国の独立国家共同体(CIS)や露主導の集団安全保障条約機構(CSTO)の中でも孤立している。

 

ロシアの友好国は隣国のベラルーシとイラン、北朝鮮とごくわずかで、中国ですらロシアに過度の肩入れはしづらい。

 

こんな状況だからこそ、民主主義陣営はプーチン氏の挑発に乗らず、結束をいっそう強固にすることだ。プーチン氏の世界観は時代錯誤の極みであり、彼には退場以外の道がないのだと思い知らせる必要がある。(外信部次長兼論説委員)

 

 

 

■ 米、激しさを増す「文化戦争」

 

 

産経新聞に掲載された、「E・ルトワック氏世界を解く」に、米、激しさを増す「文化戦争」が載っており、興味を惹いたので書き起こして掲載します。

 

アメリカの政局は、非常に大事ですね。

2022/11/27

 

米、激しさを増す「文化戦争」

2022/11/23 16:00 黒瀬 悦成 国際 米州 バイデン米政権と中間選挙

 

国際政治学者  E・ルトワック氏
国際政治学者  E・ルトワック氏

 

エドワード・ルトワック(Edward Nicolae Luttwak、1942年11月4日)は、アメリカ合衆国の国際政治学者。専門は、大戦略、軍事史、国際関係論。ルーマニアのユダヤ人の家庭に生まれ、イタリア、イギリスで育つ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学び、英国軍、フランス軍、イスラエル軍に所属した後、1975年にジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論の博士号取得。現在、戦略国際問題研究所シニアアドバイザー。

 

米、激しさを増す「文化戦争」

 

米中間選挙は、下院の多数派を共和党が辛うじて奪還した一方、上院は民主党が多数派を維持した。州知事選は、民主党の新人が西部アリゾナと東部メリーランド、マサチューセッツの3州で当選する一方、西部ネバダ州で共和党の新人が民主党の現職を下した。全米50州の知事の勢力図は現時点で民主党24、共和党25となる。

 

中間選挙では、大統領の与党が敗北するのが通例だが、民主党は上院選と知事選で大健闘したといえる。大統領選は州単位で投開票や集計が行われ、州知事に選挙システムを決める裁量があるため、州知事を押さえておくことは大統領選に向けても重要だ。

 

問題は、中間選挙の結果を受けて米国の外交政策に影響があるかどうかだ。

 

まず、対中国政策については超党派の合意があり、変わることはない。ウクライナ政策も、共和党も一部‐の議員を除いてウクライナ支援を支持しており、大した変化はないだろう。

 

財政政策に関しては、連邦準備制度理事会(FRB)が「財政支出を増やすのなら利上げする」とのメッセージを発しており、拡大路線をとることはないと思われる。

 

下院の結果を受けて、議会における経済政策の主導権は民主党から共和党に移った。民主党は今後、インフレ対策などと称して巨額の歳出法案を通すことは難しくなった。

 

共和党としては、気候変動やエネルギーといった重要政策を転換させたいところだが、本質的な政策変更はホワイトハウスを奪還しない限りは無理だ。ましてや上院を制することができなかった現状では、選択肢は限られている。

 

それでも、民主党が進めようとしている人口妊娠中絶の権利拡大や、大学現場での急進左派的な過程の導入は阻止できるだろう。

 

米国では、小学校5年生からの性教育を幼稚園に引き下げ、LGBT(性的少数者)についても積極的に学ばせるべきだと主張を左派勢力が展開する一方、保守派がこうした動きに強く反発している。

 

宗教や教育、性といった社会的価値観が異なる勢力が妥協することなく対立する「文化戦争」は激しさを増していくことだろう。

 

 

米大統領再選 お互いに弱点

 

今回の中間選挙は、政策論争もさることながら、2024年の大統領選の前哺戦としても注目された。

 

民主党のバイデン大統領(80)は中間選挙の結果を受けて再選への決意を前にもまして強めた。20年の前回大統領選で下した共和党のトランプ前大統領(76)が今月、早々と再選出馬を表明したことも、バイデン氏を出馬に傾かせたと思われる。

 

バイデン氏の再選出馬を阻むものがあるとすれば、「高齢で判断力が低下している」などの健康不安説が高まることだ。

 

現時点では仮定の話に過ぎないが、万が一バイデン氏の健康状態が深刻化したにもかかわらず同氏が退任を拒否した場合、大統領を頂点とする核戦争のための「団家指揮権限を維持する観点から、トランプ氏の在任中に取り沙汰された、合衆国憲法修正25条(職務が遂行できなくなった大統領の権限停止)の適用論が浮上する可能性もある。

 

バイデン氏を補佐し、バイデン氏が職務遂行不能になった場合に後釜となるハリス副大統領(58)についても、民主党の内外でその資質が疑間視されている。

 

一方、トランプ氏については、私の見立てでは共和党内で同氏を真剣に支持している人は、せいぜい全体の2割程度だ。圧倒的多数は本音では反トランプだ。世界の多くの国では、米国政治におけるトランプ氏の重要性を誇張して報道する傾向がある。確かに騒がしい人物だが、支持は一定以上には広がつていない。

 

中間選挙で共和党が伸び悩んだのは、「トランプ氏のせいだ」という批判も党内で高まっており、本人の思惑通り大統領選の本選候補になれるとはかぎらない。

 

日本としては、1期目の残り2年間の任期におけるバイデン氏の対中政策を注視していく必要がある。

 

安倍晋三元首相は生前、「台湾有事は日本有事だ」と述べていた。岸田文雄首相も今年5月のバィデン氏との首脳会談で、「防衛力の抜本的な強化」と「防衛費の相当な増額を確保する決意」を表明した。

 

バイデン氏は米大統領として、台湾に対する安全保障上の義務を初めて明言した。日米政府は今後、台湾有事に際して日本が具体的に何ができるのか、何ができないのかを定義するための協議に入る。これは極めて重要な話し合いとなるはずだ。(聞き手 黒瀬悦成)毎月1回掲載E・ルトワック氏

 

 

 

■ 日本文明に基づいた祝日の名に

 

 

産経新聞正論のコラムに、進歩祐司氏の「日本文明に基づいた祝日の名に」が載っており、共感したので書き起こして掲載します。

 

やはり本来の意味の名前に戻すべきですね。

2022/11/24

 

日本文明に基づいた祝日の名に 文芸批評家・新保祐司

2022/11/23 08:00 コラム 正論

 

文芸批評家 新保祐司氏 
文芸批評家 新保祐司氏 

 

新保 祐司(しんぽ ゆうじ、1953年5月12日 - )は、日本の文芸評論家。宮城県仙台市出身。1977年東京大学文学部仏文科卒業。元都留文科大学副学長・教授。キリスト教や日本の伝統・文化に理解を示す。自らの評論を「文芸的な評論」とし、詩的な文章をつくることを主眼としている。2007年度の第8回正論新風賞を受賞。2017年度の第33回正論大賞を受賞した。

 

日本文明に基づいた祝日の名に 文芸批評家・新保祐司

 

 

「新嘗祭」が名を変え

 

今日は、「勤労感謝の日」である。祝日法には、その趣旨として「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」とある。明治初年に「新嘗(にいなめ)祭」と定められたものが、敗戦後に名を変えたのである。

 

福田恆存は、昭和29年に「『勤労感謝の日』といふことばからは、なにか工場労働者の顔が浮んでくる。下手すると戦争中の勤労動員を憶ひだします。官僚的、乃至(ないし)は階級闘争的です。率直にいつて、百姓仕事や商業と勤労といふことばとは、ぜんぜん結びつきません」と語った。それに対して、稲などの五穀の収穫を祝う「新嘗祭」は、日本文明の根底としての農耕生活に基づいている。日本文明の保持が重要な課題となっている今日、この祝日の名の変更は、改めて考えてみるべきだと思う。

 

その年の収穫を祝う行事は、世界中で広く見られる。日本の「新嘗祭」も同じような趣旨であり、そのままでよかったのであるが、占領下ではそうはいかなかった。

 

福田は、「戦後は、皇室中心主義も神道もいけないといふことになつた。農耕生活も非合理でばかばかしいといふことになつた。そこで過去の祭日は、全部否定してしまつて」、「勤労感謝の日」などのような「奇妙な祭日をでつちあげたわけです」と語っている。アメリカでは11月の第4木曜日がその年の収穫を感謝する「Thanksgiving Day(感謝祭)」であり、「感謝」という言葉は、この「Thanksgiving」からきたに違いない。

 

正月の四方拝、春季及び秋季皇霊祭、神嘗祭、新嘗祭などの「過去の祭日」については「いづれも皇室の行事に、あるいは祖先をまつる神道に関係がありました。しかし、もつと深く考へれば、(略)それらは日本の農耕生活にもとづいてゐたのであります。むしろ皇室のほうが、それに拠(よ)つたのです」と、それらが日本文明の根底から生まれたものであることに注意を促している。

 

 

「奇妙な祭日」と感じるわけ

 

「勤労感謝の日」を「奇妙な祭日」と感じさせるのは、趣旨にある「国民たがいに感謝しあう」という文言にもある。「新嘗祭」は天神地祇(てんしんちぎ)に感謝しアメリカの「Thanksgiving Day」は本来、神に感謝する。しかし、日本では「戦後民主主義」の通念の中で、感謝する対象が失われた。そこで、国民が「たがいに感謝しあう」こととなった。水平的な感謝である。このような感謝は、垂直性がないために空疎なものになりがちだ。

 

「勤労」ならば11月ではなく、企業の決算が多い3月末とか夏や冬の賞与が支給される頃がよいのではないか。他の祝日に比べて、「勤労感謝の日」に、その趣旨に関連した行事が少ないのは、これらの不自然さから生じていると思われる。「新嘗祭」という祝日名ならば、日本の伝統行事を広く社会に伝承することができる。

 

すでに70年余りこの名でやってきたのだから、拘(こだわ)らなくてもいいのではないかと考える向きもあるだろうが、名は正しくなければならないのである。『論語』に、「子路曰(いわ)く、衛君、子を待ちて政を為さしむれば、子将(まさ)に奚(なに)をか先にせん。子曰く、必ずや名を正さんか。子路曰く、是(これ)あるかな、子の迂なるや。奚(なん)ぞそれ正さん。子曰く、野なるかな由や」という問答がある。訳すると、次のようになる。弟子の子路が、孔子に衛の国で政治を任されたら、何から手をつけますかと尋ねたところ、孔子は何よりも名を正しくしたいと答えた。それを聞いて、子路は、これだから困りますね先生は、現実離れしていますよと言った。すると、孔子は、愛弟子の子路を、事の本質が分かっていないなあと言って、たしなめた。

 

 

名と実が合っていること

 

名が正しいとは、名と実が合っていることであり、それが、国家の根本なのである。例えば、大東亜戦争が太平洋戦争、敗戦が終戦という名で言われていることが、日本という国家と日本人の歴史観の根底を崩れたものにしてしまっていることを思えばよい。「新嘗祭」が、「勤労感謝の日」という実と合わない名になっていることを問題にするのを「迂なるや」と捉え、経済対策や軍事費の問題などが喫緊の課題だというのは、「野なるかな」なのである。

 

名と実が合っているという点では、「紀元節」が「建国記念の日」になっているのは許容範囲かもしれない。しかし、「新嘗祭」が「勤労感謝の日」になっているのは、「明治節」が「文化の日」になっているのと同じく、名が正しくないということなのである。

 

日本の産業構造は変わり、農耕生活の様相も変貌した。しかし、今でも稲穂の実る風景を眺めるとき、「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいおあき)の瑞穂(みずほ)の国」の思いがこみ上げてくる。祝日は、日本文明に基づく名であることが必要なのだ。それによって、将来の日本人によっても心から祝われるものとなり、日本のアイデンティティーが確固たるものとなるからである。(しんぽ ゆうじ)

 

 

 

■ 共和党が下院握る重み

 

 

産経新聞アメリカノートに。古森義久氏の「共和党が下院を握る重み」が載っており、興味を惹いたので書き起こして掲載します。

 

アメリカの米連邦議会下院の重みは、なかなか日本人には分かりませんが、確かに重要な変化ですね。アメリカのメディアも日本のメディアと同じで、本質から外れた報道誤断が多いですね。

2022/11/21

 

 

共和党が下院握る重み

2022/11/21 08:00 古森 義久 有料会員記事

国際 米州 古森義久のあめりかノート・バイデン米政権と中間選挙

 

国際問題評論家 古森義久氏 
国際問題評論家 古森義久氏 

 

古森義久は、日本のジャーナリスト。麗澤大学特別教授。産経新聞ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。一般社団法人ジャパンフォワード推進機構特別アドバイザー。国際問題評論家。国際教養大学客員教授。ジョージタウン大学「ワシントン柔道クラブ」で指導経験がある柔道家。

トランプ前大統領(左)と共和党のマッカーシー下院院内総務(政治団体「セーブ・アメリカ」提供、共同) 
トランプ前大統領(左)と共和党のマッカーシー下院院内総務(政治団体「セーブ・アメリカ」提供、共同) 

 

 

共和党が下院を握る重み・古森義久氏

 

「私はいま、民主党の一党支配の時代が終わったことを誇りをもって宣言する」

 

米連邦議会下院の共和党院内総務ケビン・マッカーシー議員が高らかに述べた。日本でも異例なほどに関心が高まった今月8日の米中間選挙は現地時間の16日、共和党が下院(定数435)で多数派の民主党を破り、過半数218議席以上を獲得することが決まった。下院の次期議長就任が確実視されているマッカーシー議員は、テレビ番組で「私たちは下院議長のナンシー・ペロシ氏を解任した」として、民主党側の指導者であるペロシ議長の敗北をも念押ししたのだった。

 

連続当選9回目のマッカーシー議員は、政治的には堅固な保守である。ドナルド・トランプ前大統領を2016年の大統領選当時から熱心に支持してきた。前回の20年大統領選後もトランプ氏による「不正選挙」の主張に同調し、連邦捜査局(FBI)によるトランプ氏の邸宅への家宅捜索も「不当捜査」であるとして非難してきた。

 

そんなトランプ氏を支持する議員が、下院での共和党勝利を宣言したのだ。しかも、トランプ氏否定の象徴のような存在だったペロシ議長を敗者であると断じたのだ。この現実は、メディァの多くが描く「民主党の善戦」とか「トランプ氏の敗北」という構図とは異なつていた。

 

今回の中間選挙の結果をどう読むか。光の当て方で投射される構図の前提は変わる。候補者でもなかったトランプ氏への評価に関する推測に集中し、共和党側の実際の下院における勝利を見ないとすれば、米国政治の大きな誤断だろう。この種の推測は的外れな事前の世論調査の誤審をあたかも客観的な前提として扱う錯誤とも重なる。

 

いま重視すべきは、米連邦議会では下院で過半数を得て、上院で多数派を握った政党の側がそれぞれの議事運営のほぼ全権を握るという実態である。来年1月3日からの新議会では下院議長ポストが民主党から共和党に移る。外交、軍事などすべての委員会の委員長ポストも共和党が得る。下院運営の主導権が共和党の手に移るのだ。

 

マッカーシー議員はすでにバイデン政権の主要政策に正面から反対する姿勢を明確にした。民主党が主導して下院に創設したトランプ支持派による米議会襲撃事件での責任追及の特別委員会を閉鎖する方針とみられる。

 

議会での多数党は、証人喚間や宣誓証言など法的拘束力を持つ調査活動をも自由に開始できる。今回、下院共和党の幹部議員たちは「ハンター・バイデン事件」の正面からの調査着手の意図を表朋している。

 

バイデン大統領の次男ハンター氏が父親の副大統領在任中、ウクライナや中国の腐敗企業の相談役となり巨額の報酬を不当に得たという疑惑は、すでに刑事捜査の対象になっていた。共和党側はこの疑惑を下院で追及し、バイデン大統領の弾劾までを視野に入れると宣言している。

 

下院での主導権の逆転が、バイデン政権の後退となることは不可避だろう。今回の中間選挙の結果には、こんな特徴もあるのである。(ヮシン‐トン駐在客員特派員〉

 

 

 

■ 外交評論家加瀬英明氏を語る

 

 

産経新聞の産経抄が、11月15日に亡くなられた外交評論家の加瀬英明氏について語られていましたので書き起こして掲載します。

 

また一人、保守の論客がいなくなりました。残念です。

2022/11/18

 

2022/11/17 05:00  コラム 産経抄

 

外交評論家 加瀬英明氏 
外交評論家 加瀬英明氏 

 

加瀬 英明(かせ ひであき、1936年12月22日- 2022年11月15日)は、日本の外交評論家。自由社社長。日本会議代表委員、日本教育再生機構代表委員などを務め、右派・保守の論者として知られた。父は外交官の加瀬俊一、母・寿満子は元日本興業銀行総裁小野英二郎の娘である。また従姉にはオノ・ヨーコがいる。慶應義塾大学経済学部卒業後、イェール大学・コロンビア大学に留学。1967年から1970年までブリタニカ国際大百科事典の初代編集長を務める。青年時代から、外交官である父・俊一の影響を受けて育ったことなどがきっかけで、評論・執筆活動を行うようになる。政財界でも活動し、福田赳夫内閣・中曽根康弘内閣の首相特別顧問、福田赳夫・大平正芳・鈴木善幸内閣の外相特別顧問などを歴任した。

 

 

外交評論家加瀬英明氏を語る

 

外交評論家の加瀬英明さんは、外交官の父に連れられて生後6カ月で英国に渡り、3歳で帰国している。小学3年生で終戦を迎えた。当時から「保守派の論客」の兆しはあった。

 

▼戦後すぐは子供の読み物がなく、少年向きの愛国小説を読みふけった。横須賀市内の中学校に通っていたとき、行き帰りにアメリカの軍艦を見ながら、日本を再び独立国に、との思いを募らせていた。左翼嫌いが決定的になったのは、「60年安保騒動」で左翼のデモ隊の狂態を目の当たりにしてからだ。

 

▼ロシアによるウクライナ侵略と台湾有事の「複合危機」に警鐘を鳴らしていた、加瀬さんの訃報が届いた。85歳だった。初めて雑誌に国際情勢についての記事を発表したのは19歳だった。今年に入ってからも著作を刊行しているから、60年以上書き続けてきたことになる。

 

歴代首相の特別顧問として対外折衝にも当たった。ただ通常の外交官と違って、自由に発言してきた。たとえば自伝によれば、ニューヨークの知人宅で紹介された元米陸軍長官とこんな会話を交わしている。「もし日本が原子爆弾を持っていたら、核攻撃を加えただろうか」「あなたは答えを知っている。もしそうなら、日本に対して使用することはなかった」。 

 

▼加瀬さんは、ビートルズの元メンバー、ジョン・レノンの夫人、オノ・ヨーコさんのいとこにあたる。日本文化を愛したレノンの平和主義と神道とのかかわりについて2年前に書いたことがある。すると加瀬さんは数日後、夕刊フジに連載中のコラムで念を押していた。 

 

「ジョンはベトナム戦争で戦ったベトナム人民を支持し、日本が米国の不当な圧迫に耐えられず、立ち上がって戦ったと信じた。やわな平和主義者ではない」(産経抄)

 

 

 

■ 日本の「グリーン自滅」を防げ

 

 

産経新聞正論コラムの、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志氏の、「日本のグリーン自滅を防げ」が目を惹きましたので、書き起こして掲載します。

 

これは難しい問題ですが、結構重要な問題ですね。

2022/11/17

 

日本の「グリーン自滅」を防げ キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志

2022/11/16 08:00  コラム 正論

 

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志氏 
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志氏 

 

杉山 大志(すぎやま たいし、1969年- )は、日本のエネルギー・環境研究者。地球温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。地球温暖化による気候危機説については懐疑派である。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授。2004年より気候変動に関する政府間パネル(IPCC)評価報告書等の執筆者。産業構造審議会産業技術環境分科会 地球環境小委員会地球温暖化対策検討ワーキンググループ委員。総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会省エネルギー小委員会工場等判断基準ワーキンググループ委員。2020年より産経新聞「正論」欄執筆陣。

 

 

日本の「グリーン自滅」を防げ キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志

 

 

岸田文雄首相肝いりのGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で、政府は官民合わせ10年間で150兆円を投資し、脱炭素による経済成長を目指す、とした。だが現行の案では、むしろ巨大な国民負担となり、日本経済が崩壊する懸念が大だ。

 

 

150兆円の費用負担

 

政府は2009年の民主党政権時からCO2を削減しつつ経済成長するグリーン成長に言及していた。当時の目玉は太陽光発電の大量導入だった。だが結果として、いま年間3兆円の再生可能エネルギー賦課金が国民負担となっている。経済成長どころではない。

 

さていま政府は20兆円の「GX経済移行債」(GX債)を原資にグリーン技術への投資に加え、130兆円の民間投資を「規制と支援を一体として促進する」としている。だがこれは太陽光発電を導入してきたのと同じことを何倍にもするという意味だ。光熱費はどこまで上がるのか。

 

いまリストアップされている技術はどうか。再生可能エネルギーを最優先し、そのための送電線や蓄電池の導入、そして水素の利用等となっている。だがこれは、万事順調に技術開発が進んだとしても、大幅に高コストになる。

 

政府はこれら新規技術の既存技術との価格差の補塡(ほてん)までするという。150兆円の投資はそのまま国民負担になり、日本はますます高コスト体質になる。経済成長に資するはずがない。

 

そもそも日本政府の現状分析がお粗末だ。政府は「2050年にCO2排出を実質ゼロにする」という国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)のパリ協定の下で各国が掲げた目標の達成を前提としている。だから「どんな高価な技術でもCO2さえゼロならばよい」という奇妙な論法になる。現実には世界中で化石燃料を使っている。これで2050年までにゼロになることは技術的にも、政治的にもありえない。

 

 

本当のリスクは中露だ

 

過去30年間、「冷戦は終わった。地球規模の協力で温暖化が解決される」という物語が先進国を中心に共有されてきた。だが現実には中露とG7(先進7カ国)の「新冷戦」が始まった。これは「独裁主義」対「民主主義」の戦いで、困難なものだ。

 

その緒戦において明らかになったのは、脱炭素に傾倒した欧米のエネルギー政策が完全な失敗だったことだ。再エネに幻想を抱き、化石燃料産業を抑圧したことで自ら作り出したエネルギー供給の脆弱(ぜいじゃく)性をロシアに突かれた。世界はエネルギー危機に襲われている。

 

脱炭素はもはや形だけになった。いまや欧米諸国も、中国も、インドも、世界中の国が化石燃料の確保に奔走している。

 

中国は発電の過半を安価な石炭火力が担い続けながら、原発を拡大しており、2030年には米国を抜いて世界一の原発大国となろうとしている。

 

中国は安いエネルギーで勝負してくる。ところがいまの日本の方針では、エネルギーは高くなる一方だ。これでは産業は衰退する。

 

温暖化のリスクも合理的に比較すべきだ。台風等の災害の激甚化は起きていない。気候変動に関するモデルによる不吉な予測は不確かだ。そのモデルを信じても温暖化は1兆トンのCO2排出あたりで0・5度にすぎない。すると年間排出量10億トンの日本のCO2削減が10年遅れても気温は1000分の5度しか上がらない。

 

中国は製造業こそ国の経済と軍事の根幹だと認識し「中国製造2025」計画を立て、あらゆる政府支援をしている。いま日本が直面するリスクは中露であり、温暖化ではない。製造業は衰退させるのでなく、強化せねばならない。

 

 

「日本製造債」に発展解消を

 

政府は「GX債」の償還のためとして炭素税や排出量取引制度の導入を検討しているが、これは製造業を衰退させる。そもそも国債は、それを原資に経済成長をもたらし、一般財源の税収増で償還すべきものだ。建設国債はこの論理だ。GX債が経済成長をもたらすとしながらその償還に新しい財源が要るというのは論理破綻だ。

 

GX債を発展解消する一案として、日本の製造業を振興するための「日本製造債」としてはどうか。新冷戦を受け世界各国は製造業の国内回帰を進めている。日本も工場を誘致すべきで、国債は原資になる。

 

また日本は防衛力強化の必要に迫られている。国内に防衛産業を立地し育てるべきだ。

 

もちろん、CO2削減技術にも投資すればよい。ただし経済成長に資する見込みのある技術に限る。革新型原子炉や核融合炉などが候補だ。コスト競争力がある技術ならば世界中で喜んで導入される。高価な技術を国内だけで強引に普及させるより、よほどCO2の削減になる。

 

エネルギー多消費産業も誘致すべきだ。これにはデータセンター等のデジタル産業も含まれる。

 

「CO2」にとらわれて製造業が衰えると新冷戦にも敗れ、日本の民主主義が危うくなる。(すぎやま たいし)

 

 

 

■ 日本は目を覚ます必要がある

 

 

産経新聞コラムに、「日本は目を覚ます必要がある」が載っていましたので書き起こして掲載します。

 

今の政府は、国防そっちのけで、失言だ更迭だと騒いでいますが。どうなるのか?

2022/11/12

 

2022/11/12 05:00 コラム 産経抄

 

元米国防副次官補 エルブリッジ・コルビー氏
元米国防副次官補 エルブリッジ・コルビー氏

 

エルブリッジ・コルビー(42)氏は、1979年生まれ。米ハーバード大学卒業、エール大法科大学院修了。元米国防副次官補。新アメリカ安全保障センター(CNAS)上席研究員などを経て、戦略・戦力開発担当の米国防副次官補を務め、2018年の「国家防衛戦略」の策定を主導した。現在は、大国間競争を主要テーマとする政策研究機関「マラソン・イニシアチブ」共同代表。

 

「日本は目を覚ます必要がある。目をこすりながら徐々にではなく、即座にベッドから飛び起きなければならない」。トランプ米前政権で国防戦略をまとめたコルビー元国防次官補代理が、雑誌『ウェッジ』11月号への寄稿文で訴えていた。日本の防衛は嘆かわしいほど不十分だというのである。

 

▼コルビー氏は、防衛力を強化しない日本は日米同盟の崩壊を招くと警鐘を鳴らす。所得の3・5%以上を防衛に費やす米国民の間で、日本は無気力で不公平だとの認識が生まれるからである。「米国民がなぜ、自分自身を犠牲にする気がない人たちのために多大な犠牲を払わなければならないのか」

 

▼安倍晋三元首相が、ロシアのウクライナ侵略開始から1カ月余がたつ頃に語った言葉を思い出す。「ドイツは目覚めたのに、日本は寝覚めが悪いね。ちゃんと防衛費を増やさないと世界が驚くよ」。ドイツのショルツ首相は2月末、国防費を国内総生産(GDP)比で前年の1・53%から2%以上へと大幅に引き上げると表明していた。

 

▼ショルツ氏は目的を説明した。「自由と民主主義を守るためだ」。そうであれば、日本にも同じ陣営の一員として応分の負担が求められて当然だろう。中国、ロシア、北朝鮮と三方を核兵器を保有する独裁国家に囲まれているのだからなおさらである。

 

▼テレビ朝日によると中国の習近平国家主席は8日、共産党中央軍事委員会で迷彩服を着て強調した。「すべてのエネルギーを戦争に合わせ勝利するための能力を向上させなければならない」。まさに戦後最大の危機が訪れている。

 

翻って日本の国会議員は失言だ更迭だと内向きな騒動に明け暮れ、財務省は防衛費抑制に手練手管を弄するばかり。迷夢から覚めない。

 

 

 

参考資料 Wedge限定公開記事

 

【限定公開】無駄にする時間はない 日米は同盟強化へ手を尽くせ

台湾統一を目論む中国 「有事」の日に日本は備えよ

エルブリッジ・コルビー (元米国防副次官補)

 

国際秩序が揺らぐ今、日米同盟はかつてないほど重要な意義を持つ。元米国防副次官補が語った日本のとるべき道とは。「Wedge」2022年11月号に掲載されているWEDGE SPECIAL OPINION「台湾統一を目論む中国  「有事」の日に日本は備えよ」では、そこに欠かせない視点を提言しております。記事内容を一部、限定公開いたします。

 

2022年5月、合同演習中の日米艦艇。海を越えてくる中国の脅威を直視し、強固な日米同盟で中国との勢力均衡を実現すべきだ (DVIDS) 
2022年5月、合同演習中の日米艦艇。海を越えてくる中国の脅威を直視し、強固な日米同盟で中国との勢力均衡を実現すべきだ (DVIDS) 
中国は6月、2隻目の国産空母「福建」を進水させた (XINHUA NEWS AGENCY/AFLO) 
中国は6月、2隻目の国産空母「福建」を進水させた (XINHUA NEWS AGENCY/AFLO) 

 

 

今年8月のペロシ米下院議長の訪台に、中国は大規模な軍事演習で応えた。「台湾有事」が現実味を増す中で、日本のとるべき道とは何なのか。中国の内情とはいかなるものか。日本の防衛体制は盤石なのか。トランプ政権下で米国防副次官補を務めたエルブリッジ・コルビー氏をはじめ、気鋭の専門家たちが、「火薬庫」たる東アジアの今を読み解いた。

 

日本は目を覚ます必要がある。目をこすりながら徐々にではなく、即座にベッドから飛び起きなければならない。日本の防衛は今の時代にとって、嘆かわしく危険なほど不十分だというのが紛れもない事実だ。この状況を変える必要がある。しかも直ちに、だ。

 

「吉田ドクトリン」(吉田茂元首相が打ち出した経済重視・軽武装の考え方)の世界、日本が事実上、自国の防衛を米国にアウトソーシングしていた世界は、今や遠い過去の話だ。あの世界は、中国が近隣の台湾のみならず、日本自体にとっても恐ろしい脅威を突き付ける世界になっているのだ。

 

中国人民解放軍はもはや、ただ台湾問題を解決するためだけの軍隊ではない。明らかに戦力投射型の軍隊になりつつあり、空母や宇宙衛星、航続距離の長い潜水艦、爆撃機をふんだんに備えている。これは効果的な反撃能力で応じない限り、西太平洋全体、さらにはもっと遠い先まで圧倒的な戦力を投射できるようになる軍隊だ。

 

間違ってはならない。日本はほぼ確実に北京の視野に入っている。たとえ中国政府が台湾を制圧したいだけだったとしても、地域内で日米の部隊を攻撃することは十分考えられる。一つには、中国が恐らく、米国と日本が台湾の援護に駆けつけると想定するためだ。日米両政府の声明は実際、そのような見方を裏付ける。さらに、中国の射撃訓練を撮影したオープンソースの衛星写真には、在日米軍だけでなく、日本の自衛隊だけが運用している航空機のレプリカも写っている。日本は中国の軍隊に関心がないかもしれないが、中国軍の方は日本に関心があるのだ。

 

もちろん、中国は日本を併合したいとは考えていないだろう。だが、中国政府が日本を自国のアジア覇権の下に置きたいと考えていることは妥当な想定だ。この構想では、日本は中国の支配の歯車の一つ、中国の太陽に対する経済的、地政学的な月になる。これは間違いなく、今ほど自由ではなく、繁栄が後退し、危機的状況の日本を意味する。

 

さらに、歴史と中国の国民心理を考えると、中国政府が日本のために特別な屈辱を用意している可能性が高い。筆者は日本人を代弁するつもりはない。だが、もし自分が日本人だったら、こうした事態は何としてでも避けたいところだ。

 

「単独」での対峙は困難 再認識すべき日米同盟の重要性

その意味で、日米同盟がかつてないほど重要になる。

 

 

 

■ 75年顧みられない憲法の限界

 

 

産経新聞の主権回復のコラムに「75年顧みられない憲法の限界」が載っていましたので書き起こして掲載します。

 

憲法の作り直しは必要ですね。75年間変わらない方がおかしい。政府の憲法審査会を動かして行かないと手遅れになるかも。

2022/11/09

 

主権を支える言葉の力 第5部 日本復活への未来(1)

75年顧みられない憲法の限界  2022/11/8 08:00 主権回復 コラム

 

作家 石原慎太郎氏
作家 石原慎太郎氏

 

 

75年顧みられない憲法の限界

 

言葉は、人を鼓舞する

 

ウクライナの大統領、ウォロディミル・ゼレンスキー(44)が、フェイスブック(FB)を駆使して国民に発信し続ける短い演説は、それを体現しているといえるだろう。

「われわれはここにいます。私たちは自分たちの独立と自分たちの国を守っています。これからも。ウクライナに栄光あれ」

 

ロシアの侵攻から2日後、2月26日に投稿されたゎずか30秒あまりの演説。首都キーウ(キエフ)の市街地を赤く照らし出す灯火が戦時下の緊張感を伝えていた。その日、中心部から約20キロの地点にロシア軍の戦車が侵入した。

 

映像からは疲労感もうかがわれる。芝居がかっているわけではないし、語気を荒らげる場面もない。それでも力強さをまとう。

 

9月に死去した英女王のエリザベス2世。新型コロナウイルス禍に苦しむ国民に向け、異例のテレビ演説を行つたことがある。

 

「私たちが強い決意を持ち団結し続けていれば、この病を克服するだろうということをお伝えしたいのです。数年後に国民のみなさんがこの困難にどう対応したかについて誇りを持てることを望みます。私たちの子孫は、英国の私たちの世代がどんなに強かったかと話すでしょう」

 

人をつないだ言葉は、ときに人を離反させる。

 

「ルガンスク、ドネツク、ヘルソン、ザポロジエに住む人たちは永遠にロシア国民だ」。9月30日、モ

スクワ・クレムリン。ロシアの大統領、ウラジーミル・プーチン(70)は約40分にわたる演説で、ウクライナ4州のロシア併合を一方的に宣言した。

 

 

誇れない「長寿」

 

言葉は人を強くする。そして、脆くもする。そして、75年間、一度も顧みられたことがない「言葉」がある

 

東京大教授、ケネス・盛・マッケルウェイン(比較政治制度)の分析によると、2013年時点のデータにある177の現行憲法の中で、日本国憲法は「非改正で世界一長寿」だという。一方、メキシコは100年ほどの間に70回以上も改正を繰り返している。

 

この「長寿」は誇るべきことだろうか。少なくとも、手を加えるところがないほど完成されたものである、ということを証明してくれているわけではないだろう。

 

憲法前文にはこうある

 

《日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した》

 

この「に」という助詞。その用法が誤りであるのか、正しいのかには議論もある。ただ、その一文字の「誤用」にこだわったのが、東京都知事も務めた作家の石原慎太郎だった。

 

石原は2014年の衆院予算委で借金を例に挙げて政府の認識をただした。相手に金を貸す際に「君に信頼して」とはいわない。「君を信頼して」だ、と。助詞の誤用によって「主体者の立場の位置が曖昧になってしまう」と訴え、憲法の作り直しを求めた

 

 

損なわれた信頼

 

占領下に制定され、連合国軍総司令部(GHQ)の関与も色濃い日本国憲法には、「押しつけ憲法」といういわくもつきまとう。シェークスピア作品の翻訳などを手がけた評論家の福田恒存はこう言及する。

 

《悪文といふよりは、死文と言ふべく、そこには起草者の、いや翻訳者の心も表情も感じられない》

 

福田が1965年に発表した「当用憲法論」の一節だが、各条項は全て死文の堆積だと断じ、「こんなものを信じたり、有り難がったりする人は、左右を問はず信じる気になれません」とした上で、無効とし、廃棄することを論じた。

 

そして、その条文。第9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とありながら、自衛隊は存在する。自衛隊違憲論の余地が生まれる。

 

近現代日本の精神史に詳しい文芸批評家の浜崎洋介(44)は語る。

 

「憲法は国家と国民、治者と被治者の信頼感を醸成するためのツールとして存在している。掲げる理念を『言葉』と捉え、現実を『行動』とするならば、いつまで言行不一致の地に足がついていない言葉を使い続けるのだろうか。時間がかかることは間違いないが、長きにわたって損なわれた言葉への信頼は取り戻されなければならない」

 

今年の世界はウクライナ戦争や中国による覇権的な影響力拡大の動きに揺さぶられ、日本の政治・経済・社会システムは前にも増してほころびが目立つようになった。この一年間、日本の主権回復について問いかけてきた締めくくりとして、日本の将来像を決定づける課題の克服と、復活への道筋を展望したい。(敬称、呼称略)

 

 

 

■ 「竹島は日本領」示す米国製の地図発見

 

 

朝日新聞デジタルに「竹島は日本領」示す米国製の地図発見、が載っていましたので書き起こして掲載します。

 

他にもイギリス、ドイツで色々見つかっていますね。今は常識ですが、これが通らないのが韓国ですね。

2022/11/08

 

 

「竹島は日本領」示す米国製の地図発見 島根編入前の1897年発行

2022年11月6日 10時15分  朝日新聞デジタル

 

島根大学法文学部准教授 舩杉力修氏
島根大学法文学部准教授 舩杉力修氏

 

舩杉力修(ふなすぎ りきのぶ)は、島根大学法文学部准教授 (歴史地理学)。

 

竹島を日本領として表示した米国製地図(部分)=個人蔵、舩杉力修・島根大准教授提供 
竹島を日本領として表示した米国製地図(部分)=個人蔵、舩杉力修・島根大准教授提供 

 

 

「竹島は日本領」示す米国製の地図発見 島根編入前の1897年発行

 

日韓が領有権を争う島根県隠岐の島町の竹島(韓国名・独島)を日本領と表示した1897年発行の米国製の地図が見つかったと、島根大学の舩杉力修(ふなすぎりきのぶ)准教授(歴史地理学)が明らかにした。

 

竹島が島根県に編入される1905年以前から、国際的に日本領と認識されていたことを裏づける資料だという。

 

地図は米ニューヨークの百科事典製作会社が発行したもので、隠岐の島町在住の個人が所蔵していた。地図では日本領は黄色、韓国領はピンク色で表示。竹島は日本領と同じ黄色で、英国での名称「ホーネット島」やフランスでの名称「リアンクール岩」と表記し、いずれも地図の索引に日本領と記載している。

 

 舩杉准教授によると、竹島が日本領であると表示する1905年以前の地図が見つかったのはイギリス、フランス、ドイツ製の地図に続くという。舩杉准教授は「竹島が島根県に編入される1905年以前に、米国内では日本領であると認識されていたことを示す貴重な地図だ」と話している。(大村治郎)

 

 

 

■ 習体制は「外敵」を欲する

 

 

産経新聞の緯度経度に、古森義久氏の「習体制は外敵を欲する」というコラムが載っており、興味深い内容だったので書き起こして掲載します。

 

もう今は、中国への「まず対話を」が、一番危険だと思うが、どうも政府は11月中に日中首脳会談を開き、遺憾を伝え対話を進めるらしい。完全にネボケでいますね。

2022/11/05

 

習体制は「外敵」を欲する 古森義久

2022/11/4 09:00 古森 義久 コラム 緯度経度

 

ジャーナリスト 古森義久氏 
ジャーナリスト 古森義久氏 

 

古森義久は、日本のジャーナリスト。麗澤大学特別教授。産経新聞ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。一般社団法人ジャパンフォワード推進機構特別アドバイザー。国際問題評論家。国際教養大学客員教授。ジョージタウン大学「ワシントン柔道クラブ」で指導経験がある柔道家。

10月16日、北京での第20回中国共産党大会で活動報告する習近平総書記(国家主席)=共同 
10月16日、北京での第20回中国共産党大会で活動報告する習近平総書記(国家主席)=共同 

 

習体制は「外敵」を欲する 古森義久

 

中国の習近平独裁新体制が世界、特に米国とその同盟諸国にどんな影響を及ぼすのか。米首都ワシントンの中国研究者たちは今、その分析に忙殺されている。その過程では、当然ながら日本への新たな波は何なのかが気がかりとなる。

 

戦略国際問題研究所(CSIS)の中国パワー・プロジェクト部長、ボニー・リン氏は、「習氏は党大会の報告で『中国を脅し、抑圧し、封じ込めようとする外部の試みは劇的に増している』と述べ、米国とその同盟諸国への対決を強める姿勢を明確にした」と指摘した。

 

リン氏は、習氏が経済停滞や新型コロナウイルス禍の被害という内憂を覆うため、外敵を撃滅する姿勢をみせることが必要になるだろうと論じた。その外敵である米国の同盟国としては、まず日本が浮かんでくる。

 

アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のアジア研究部長で、長年の中国研究者であるダン・ブルーメンソール氏も、具体的に日本を指摘している。習新体制は、国内での締め付けを正当化するために国外の「中国の敵や脅威」を強調し、その対象となるのが、まず日本と米国だろうというのだ。

 

同氏は最近の論文で、習氏が毛沢東時代の文化大革命で推進されたような思想的団結を呼び掛けたり、独裁強化を正当化するため、「外敵を撃破する」として野心的、覇権的な対外姿勢を強めたりすると予測。その標的が、日本と米国になるとの見方を示した。

 

だが、中国が日米両国への敵視を同時に強めるというこの分析も、一概には信じられない。過去には、中国が米国との関係が険悪になると、唐突に日本への姿勢を柔和にした事例があるからだ。

 

もっとも、その姿勢は日米離反を図る戦術だった。日米同盟が保持する国際安全保障策や、その基礎となる自由民主主義の価値観に中国が根本から反対する基本構図は変わらない。

 

では中国のこの変化の流れに日本はどう対応すべきなのか。日本側でいま目立つのは「日本は引っ越しできない」という見解と「中国とまず対話を」という主張のようだ。日本は中国の隣国だからとにかく仲良くせねばならず、そのために中国側の言動への批判をも抑えようという示唆は、自民党の二階俊博氏の持論のようだが、国際情勢の現実に反する。

 

この世界では、隣国だからこそ積年の利害の衝突で相互に厳しく接する国が多数ある。インドとパキスタン、ロシアとウクライナなどが、ほんの一例だ。

 

「まず対話を」という声は、元駐中国大使の宮本雄二氏らから発信されているようだが、2国間関係では対話は単なる手段であり、目的ではない。何のための対話か、対話の先にある目的は何かが肝要だろう。

 

そのために中国の対日政策の実態をつかみ、日本の国益に沿ってその変更を求め、同時に敵性政策への抑止に努めることだろう。

 

日本が中国への抑止や抗議をせずに融和の道を歩むとどうなるか。米国歴代政権の対中政策部門で活動してきたロバー卜・サター氏の言葉がよみがえる。「中国に同調すれば、中国の政策がよい方向に変わるという期待は危険な錯誤だ。中国は周辺諸国の制圧と支配を強め、その先には従属への組み込みがあるだけだ」(ワシントン駐在客員特派員)

 

 

 

■ 教育が「最大の国防」である意味

 

 

産経新聞正論コラムに、織田邦男氏の「教育が「最大の国防」である意味」が載っており興味を惹きましたので書き起こして掲載します。

 

国防についてはきちんと考えないといけない時期に来ていると思います。

2022/11/04

 

教育が「最大の国防」である意味 麗澤大学特別教授、元空将・織田邦男

2022/11/3 08:00 コラム 正論

 

麗澤大学特別教授 織田邦男氏 
麗澤大学特別教授 織田邦男氏 

 

織田 邦男(おりた くにお、1952年1月19日 - )は日本の評論家、麗澤大学特別教授、元・航空自衛官元空将。国家戦略研究所(自営)所長。

 

 

教育が「最大の国防」である意味 麗澤大学特別教授、元空将・織田邦男

 

 

昭和21年6月、第90回帝国議会で日本国憲法に関し、次のような質疑があった。「侵略された国が自国を護る為めの戦争は、我々は正しい戦争と言って差支へないと思う。(略)戦争一般放棄と云ふ形でなしに、我々は之を侵略戦争の放棄、斯うするのがもつと的確ではないか」

 

 

戦う意思も重要な要素

 

この前日、吉田茂首相は「第九条第二項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したのであります」と答弁している。質問に立った代議士は、実は日本共産党の野坂参三氏である。今の主張と真逆である。昔の共産党は「正論」も述べていたのだ。

 

現在、ウクライナはロシアの侵略に対し、自らの国は自らで守るという「正しい戦争」を戦っている。だからこそ国際社会は、軍事支援を続けている。2014年、ウクライナはロシアによるクリミア半島の無血併合を許した。ドンバス地方での防衛戦も不甲斐なかった。この時、国際社会の経済制裁、軍事支援は名ばかりだった。

 

気になる世論調査結果(World Values Survey 2021年1月)がある。「もし戦争が起こったら、国のために戦うか」の問いに「はい」と答えたのは、日本は13・2%で世界79カ国中、断然最下位だった。その次のリトアニアでも32%を超す。中国88・6%、韓国67・4%、平均が約60%である。

 

防衛力が不十分と相手が認識すれば、戦争は抑止できない。装備だけではない。戦う意思も防衛力の重要な要素である。日本が戦争放棄を唱えても、ミサイルやドローンは容赦なく飛んでくる。逃げる場所もないとき、「13・2%」以外の人は、どうするつもりだろう。「13・2%」では日本有事の際、国際社会の支援どころか、日米同盟も機能しないだろう。同盟とはいえ日本に血を流す覚悟がなければ米国も助けるわけがない。

 

 

自衛官の高い使命感

 

他方、自衛官の質的レベルは高い。他国と共同訓練をやっても一目置かれる存在だ。災害派遣でも大活躍だ。「いざという時はやはり自衛隊」と、今や最も信頼される組織となっている。

 

では自衛官の高い使命感と「13・2%」のギャップはどう解釈すればいいのだろう。「軍」や「戦争」を忌避する風潮や教育の影響が大きい。戦後教育は、国家は悪であり敵対する存在とする偏ったイデオロギー色の強い教育がなされてきた。国家や権威を否定し、「個」や「私」を何より優先させた。思想、信条を押し付けないとの美名のもと、教育現場で国旗、国歌を否定するという異常な教育が長年続けられてきた。

 

国旗国歌法ができ、教育基本法が改正され、少しは改善された。だが教育現場はあまり変わっていないと聞く。そういう教育で育った若者でも、自衛隊で教育を受ければ素晴らしい若者に変身する。

 

自衛隊には特別な人が入隊するからと言う人がいる。これは誤解である。自衛隊には平均的な若者が入ってくる。君が代が歌えない、礼儀を知らない、挨拶ができない、満足な言葉遣いもできない若者も多い。だが自衛隊の教育を受ければ、親も驚くほど変身する。もちろん不祥事を起こす不心得者もいる。しかし一般社会と比較すれば格段に少ない。

 

防衛大学校でも将来自衛官になる明確な目標を持って入校する学生は2割にも満たない。だが「軍人になる前に真の紳士、淑女たれ」との教育を受けると、卒業時には約8割が自衛官に任官する。

 

 

「公」の復活を期待する

 

自衛隊の教育を一言で言うと「『公』の復活」である。入隊したら先ず、宣誓をする。「事に臨んでは危険を顧みず…」と。「個」や「私」の優先から、一転して「公」を第一とする価値観への転換である。教育、訓練、そして実践を通じ、人に尽くす喜び、国家に尽くす生きがいを自覚すれば、みるみる眼が輝いてくる。

 

人間は本来、世の為、人の為、「公」に尽くすことを喜びとするDNAを持っている。「あらゆる人間愛の中でも、最も重要で最も大きな喜びを与えてくれるのは祖国に対する愛である」と歴史家キケロも語る。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と聖書にもある。

 

このDNAを発芽させ、「人は人に生かされ、人は人のために生きる」ことを実感した時、真の紳士、淑女に変身する。このような普遍的価値観にはあえて目を伏せ、枝葉末節のみ教育してきたのが戦後教育であり、その結果が「13・2%」なのだ。

 

中国共産党大会で習近平氏の異例の3期目続投が決まった。主要ポストはイエスマンで占められ独裁体制が完成した。習氏は台湾統一を強調し、武力行使を否定しなかった。台湾有事は日本有事である。「防衛力の抜本的強化」を急がねばならない。だが教育も忘れてはならない。トマス・ジェファーソンは言う。「最大の国防は良く教育された市民である」と。(おりた くにお)

 

 

 

■ 国基研日本研究賞記念講演・楊海英氏

 

 

第三回「国基研 日本研究賞」受賞者楊海英氏の記念講演が、非常に良かったので書き起こして掲載します。

 

南モンゴル出身の楊海英氏の体験も交えた研究講演は、満州とモンゴル、戦中戦後を考えるにあたり、非常に勉強になる内容でした。歴史から何を学ぶかが大事ですね。

外国人から見た戦後は終わっていないという主張は、非常に興味深いものがあります。

2022/11/03

 

平成28年7月6日 公益財団法人 国家基本問題研究所 国基研 日本研究賞 東京・内幸町 イイノホール
平成28年7月6日 公益財団法人 国家基本問題研究所 国基研 日本研究賞 東京・内幸町 イイノホール

 

櫻井よしこ理事長 - あいさつ

国家基本問題研究所が主宰する日本研究賞は三年目を迎え、今年もすばらしい方々を選ぶことができました。大賞は南モンゴル出身で、今は日本国籍を取得されている楊海英さんが受章されました。受賞の対象になったのは、『日本陸軍とモンゴル――興安軍官学校の知られざる戦い』、そして『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』という二つの作品です。

今日は、大賞の楊海英さんに記念講演をしていただきます。

 

楊海英さんは、南モンゴル(内モンゴル)の出身です。中国にたいへん弾圧をされているところです。その歴史を見ますと、旧日本軍の影響力が非常に強い国柄です。楊海英さんのお話は、大東亜戦争において、私たちが成し得たことは何だったのか。成し得なかったことは何だったのか。今、私たちは戦後何年という話をしますが、戦後は終わっていないというのが楊海英さんの主張のポイントの一つです。なぜ、終わっていないのか。お話を聴けば、たくさん考える視点が与えられると思います。

 

静岡大学人文社会科学部教授  楊海英氏 
静岡大学人文社会科学部教授 楊海英氏 

 

楊 海英(よう かいえい、ヤン・ハイイン、1964年(昭和39年)9月15日 - )は、内モンゴル出身の文化人類学、歴史人類学者。静岡大学人文社会科学部教授。モンゴル名はオーノス・チョクト、帰化後の日本名は大野旭(おおの あきら)。楊海英は中国名のペンネーム。

 

日本研究賞 記念講演全文  楊 海英(大野旭)・静岡大学教授

「日本陸軍とモンゴル 興安軍官学校の知られざる戦い」(中央公論新社、2015年)

「チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史」(文藝春秋、2014年)

 

皆さんがこれまで受けてきた教育の中、あるいは日常生活の中で、軍人という言葉はあまり出てこなかったと思います。そして、軍人と民族主義者は結びつかないかもしれません。日本文明あるいは日本型文明がすばらしい文明であることは自明ですが、その文明を誰がつくったのか。これまで、そこをあいまいにしてきたのではないかと思います。

 

私はあえて、その真実を軍人と表現しました。日本人の軍人だけではなく、モンゴル人の軍人も含まれています。実は、二十世紀の一時期、モンゴル人も大日本帝国の軍人でした。そのことは、『チベットに舞う日本刀』と『日本陸軍とモンゴル』で書きました。

 

私は日本に来て二十七年になりますが、現代の日本人は、軍隊と軍人を避けているという印象を受けます。つい最近も、共産党の幹部が防衛費を「人を殺すための予算」と発言しています。週末に参議院選挙がありますが、この大事な選挙期間中に、中国の戦闘機が尖閣諸島に現れ、そして、まさに今、南シナ海では軍事演習をしています。自衛隊も一生懸命スクランブル発進で対応していますが、それに必要な経費を「人を殺すための予算」と表現している人がいる。自衛隊は日本を守っているのに、なぜ彼らを忌避するのか。

 

中国が東シナ海で膨張し、沖縄県の尖閣諸島を自国の領土だと主張している現在、日本は国家存亡の危機に直面していると思います。中国では、沖縄も中国の領土であるという論調が政府系の新聞、メディアにしばしば見られます。ですから、中国の野望は決して尖閣諸島で終わりません。彼らはアメリカに対して、広大な太平洋を二国で分け合おうと言っています。ということは、沖縄どころか西太平洋ハワイまでが中国の内海になる危険性も十分あるということです。

 

前例があります。私のふるさと南モンゴルです。今、行政上は中国の内モンゴル自治区ですが、戦前は満州国とモンゴル自治邦という二つの国家でした。満州国とモンゴル自治邦にそれぞれモンゴル人がいて、日本の強い影響下にありました。一九四五年八月、終戦によって、日本人は草原から撤退しました。しかし、日本は満州国とモンゴル自治邦という、日本の内地とさほど変わらない、非常に近代化の進んだ二つの国家をモンゴル人に残してくれました。

 

国家にはあらゆる装置が必要です。軍隊、工業、農業、モンゴルの場合は牧畜業、そして教育。この近代的な装置をすべて日本が残してくれたおかげで、モンゴル人は戦後、民族の独立、つまり中国からの独立が実現できると思っていました。しかし、ソ連、アメリカ、イギリスが結んだ対日戦後処理の秘密協定であるヤルタ協定で、南モンゴルは中国に占領させるという裏取引があったのです。ソ連はこの協定に従って、満州とモンゴル自治邦に出兵し、結果として、南モンゴルは中国の領土となってしまったのです。

 

南モンゴルに中国人が入ってくるときは、まさに尖閣諸島に現れるのと同じです。少しずつじわじわっと侵略し、気がついたら、人口の逆転現象が起きていたのです。

私は、亡国の民です。その亡国の経験から言えば、やはり尖閣問題は今、非常に危機的な状況にあると思います。今日の話のポイントではありませんが、大変な事態だということだけは知っておいてほしいと思います。

 

さて、本題に入ります。二十世紀において、モンゴル人の軍人と日本人の軍人がどのように近代文明をつくりあげてきたのか。その歴史についてお話しします。モンゴル人の歴史は、同時に日本人の近代史でもあります。

モンゴル人は普段、非常にゆったりした感じで、馬に乗っていますが、いざ敵が出現すると、瞬時に凛とした姿になり、遊牧の戦士になります。そして敵に向かって突進していきます。

私から見ると、日本人もやはり武を貴ぶ民族だと思います。たとえば、日露戦争のときの日本軍が戦馬に乗ってロシア軍に突進していく姿を描いた絵があります。

考えてみると、たいしたものです。日本には騎馬の伝統あるいは騎馬兵の伝統がそれほどありません。しかし、近代のヨーロッパに行って研究し、それを導入して、すぐに運営できたわけです。日本に馬はいましたが、モンゴルの馬より小さかったはずです。ところが、日本軍が乗っている馬は非常に背が高い。これは明治維新のころ、日本がアメリカ、オーストラリアなどから十数万頭も馬を輸入し、それをヨーロッパふうの背の高い馬に品種改良していったのです。日本人が慣れていなかったはずの背の高い馬に乗り、歴史的にずっと運用してきた騎兵ではないにもかかわらず、それを見事に運営してロシア人に立ち向かっていったのです。

 

ロシアはモスクワから日本海のウラジオストックまで、ユーラシアのあらゆる民族を征服してできた大帝国です。その大帝国を日露戦争で、東洋の小さな国・日本が打ち破った。この衝撃がユーラシアの諸民族、モンゴル人、トルコ人、アラブ人に与えた影響は非常に大きい。今でも、モンゴルあるいは中央アジアで調査をすると、「日本人はすごい」と、ロシアに勝った功績、衝撃についての評価は非常に高いものです。

 

私は「日本民族の精神性とは何だろう」といつも思います。日本は世界一すばらしい近代文明をつくりあげました。その近代文明を創造した明治維新以降の日本人を思い浮かべてみてください。おそらく彼らは全員、サムライ兼知識人です。モンゴルは日本の近代文明を学ぼうと、日本にやってきます。つまりモンゴルの近代化は、日本から学んだのです。もちろん、モンゴルは陸続きのロシアからも学びました。

 

モンゴル人の精神性の基は、遊牧、礼節、知識、戦士です。モンゴルは何があっても礼節を大切にする民族です。そして、生活の根底にあるのは遊牧です。移動しながら生活をする際も、礼節が非常に大切です。そして、移動しているので、幅広い知識が得らます。

 

農耕を営む人はずっと村の中にいますので、入ってくる知識は限られています。日本は農耕文明だと思われがちですが、日本は農耕だけではなく、海洋文明でもあります。船に乗って世界中の海を回るので、遊牧民と同じように移動しています。移動している人には知識が入り、その知識を大切にします。移動している人は保守的ではなく、開明的です。

 

モンゴルの男はすべて戦士です。そんなモンゴル人たちが目指したのが、日本型の近代文明です。

 

そして、近代型の文明の担い手は、モンゴルも日本も共通しています。軍人兼知識人です。明治維新の初期は、サムライ兼知識人でしたが、一九三〇年代になって、あるいは戦後にかけても、日本型の近代文明の担い手たちは、見事に軍人兼知識人です。

 

戦前をすべて否定する風潮が日本にあります。しかし、戦前と現代の日本は断絶しているわけではありません。高度成長期あるいは現代の日本をつくりあげたのは、やはり軍人たちです。もちろん他の存在を否定しているわけではありません。

 

そして、軍人兼知識人たちは、同時に民族主義者でもありました。私は「軍人民族主義者」と呼んでいます。軍人民族主義者が近代日本型文明をつくり、その日本型文明をモンゴル人は学ぼうとしました。しかし、戦後、軍隊、軍人を否定する風潮が、日本では非常に強いと、私には見えます。考えてみると、軍人と軍隊に対する否定は、自分たちが歩んできた歴史に対する否定です。彼らが日本型文明をつくりあげたのに、彼らを否定するのは、文明に対する否定でもあります。そして、何よりも民族の自決への否定です。

 

日本人は西洋による植民地化を避けるために、明治維新を推進しました。もしそのとき、サムライ兼知識人がいなければ、日本はイギリスあるいはロシアの植民地になっていたかもしれません。しかし、サムライ兼知識人たちの奮闘があって、それを避けられたのです。

 

モンゴルの場合は、中国の植民地になっていました。そのため、モンゴルの軍人たちは民族自決の目標を掲げ、日本とロシアと協力して、中国の支配から独立しようと頑張ったのです。日本人と違って、私たちは私たちの軍人、軍隊を否定しません。彼らにもダーティな部分、情けない部分、哀しい部分がありました。それでも、私たちは遊牧の戦士として、武を貴ぶ民族として、私たちの軍人、私たちの軍隊を私たちの歴史の一部として、心から愛しているのです。

 

千葉県の習志野は、サムライ兼知識人、軍人兼知識人たちが日本型文明をつくった揺籃の地です。ここに騎兵第十三連隊という看板があります。

 

騎兵第十三連隊 
騎兵第十三連隊 
歴史を伝えるモニュメント 
歴史を伝えるモニュメント 

満州国生徒隊 
満州国生徒隊 
偕行文庫に伝わるモンゴル軍 
偕行文庫に伝わるモンゴル軍 

 

 

習志野はかつてモンゴルのような草原だったと思いますが、そこに近代日本の騎兵あるいは機甲部隊が展開されていたのです。ここには学校もありました。その学校にモンゴル人は留学してきます。

習志野には「騎兵第十三連隊記念碑」と歴史を伝えるモニュメントがあります。

 

この近くに小さな祠もあります。日本は歴史をきちんと残すという伝統があります。この点はモンゴルと違います。モンゴルも歴史は残りますが、南モンゴルの場合、中国の存在が大きいので、歴史の書き替えが、ひんぱんに行われています。

 

もう一つ、満州国生徒隊という看板がある建物は、現在も残っています。

 

満州国生徒隊という名称は、ここに満州国のモンゴル人たちが留学していたからです。満州国ができてから、ほぼ毎年のように優秀なモンゴル人たちが選ばれて、日本の近代型の騎兵戦術を学ぶため、習志野に留学しています。

 

ご存じのように、モンゴルは遊牧の民で、ジンギス・ハーンの子孫です。ジンギス・ハーンの軍隊が世界帝国をつくりあげたのは、騎兵の力です。モンゴルの遊牧民の騎兵戦術がヨーロッパに伝わり、ヨーロッパ人がモンゴルに敗れた経験を生かしながら、ヨーロッパ流の騎兵術を誕生させます。ヨーロッパの騎兵術はどんどん進化し、それを秋山好古など、明治の軍人が学んで、日本に持ってきます。そして、その明治のサムライから今度はジンギス・ハーンの子孫が学ぶという、まさにユーラシア大陸を一周した文化の伝達です。非常にロマンチックな物語性を感じます。

 

習志野に留学していた人たちに関する記録は、靖国神社にも伝わっています。靖国神社の偕行文庫という資料室に、日本軍の史料が豊富に保存されていますが、その中にモンゴル軍の史料もあります。

 

私は、その中の当事者たちを南モンゴルで追跡調査しました。彼らは、満州国時代に何をしていたのか。そして、満州国が崩壊してから、彼らは何をし、どんな運命を辿ったのか。その人生史を調べ、日本側の記録と中国、内モンゴルでのインタビューを合わせて、『日本陸軍とモンゴル』、『チベットに舞う日本刀』を書きました。モンゴル側と日本側の史料の両方を持ち合わせて研究すると、歴史の真相がわかります。

 

モンゴル人にとって、日本軍の軍刀は憧れの対象でした。日本刀はサムライの精神を見事に表す道具です。モンゴルの青年たちは、満州国の軍人になって、一生懸命勉強して日本に留学します。そして、あの日本刀をぶら下げてみたい。それが彼らの夢だったのです。

 

これは日本の騎兵たちの習志野での訓練の風景です。

 

日本騎兵の訓練風景 
日本騎兵の訓練風景 
モンゴル軍の訓練風景 
モンゴル軍の訓練風景 

興安軍官学校 
興安軍官学校 
陸士への留学を終えたモンゴル兵 
陸士への留学を終えたモンゴル兵 

 

障害を飛び越えている風景ですが、同じような訓練方法をモンゴル軍も導入していました。これはモンゴル軍の火の輪をくぐる訓練風景です。

 

私の父親もモンゴル軍の一員でしたが、わが家にもこれと似たような写真がいっぱいありました。残念ながら文化大革命のときに没収されてしまいました。

さらに、日本はモンゴルのために満州国時代に興安軍官学校をつくってくれました。

 

この建物の造りは習志野にある騎兵第十三連隊の本部とまったく同じです。

 

日本は旧植民地において、とにかく学校をつくるのに熱心でした。台湾や朝鮮半島にも、国民小学校から各種専門学校、大学まで、いろいろな学校をつくっています。

 

特に、興安軍官学校はモンゴルという特定の民族のための学校です。満州国軍官学校は五族協和、つまり漢民族も朝鮮人も入る学校です。韓国の朴槿恵大統領のお父さん、朴正煕元大統領も満州国の軍官学校を出ています。そして、日本に留学もしていますので、その名簿は靖国神社に残っています。

 

日本陸軍士官学校の名簿は五十音順ではなく、成績順です。私は朴大統領の名前を見つけようと(当時の姓名は高木正雄)探したところ、かなり上のほうにありました。成績がよかったのです(十五番目)。

 

日本が特定の民族のために軍官学校をつくったのは、モンゴルだけです。軍官学校は軍のエリートを育てる学校です。これはよほどの信頼がないとできません。なぜなら、軍人は武器を持ちますから、その武器を誰に向けるのかということが非常に重要だからです。日本とモンゴルは相互に信頼し合っていたので、軍官学校をつくったと言えます。

 

日本がつくった学校の中で、モンゴルで一番人気があったのは興安軍官学校です。ここから二千数百人が卒業して、彼らがモンゴル軍の幹部になっていきました。彼らは徹底的な日本の陸軍士官学校の教育を受けて育っていますから、一九五〇年代まで、作戦命令もすべて日本語で書いています。

 

戦後、モンゴル軍は中華人民共和国の人民解放軍に編入されました。それでも、しばらくは、日本式の訓練方法を維持していたのです。そのことは内モンゴルのモンゴル軍が残した『騎兵操典』の中に記録があります。

これが日本の陸軍士官学校(陸士)に留学していたモンゴル人が、興安軍官学校に帰ってくるときの風景です。

 

記録を見ると、興安軍官学校には毎年数千人の中から五、六十人しか入学できません。大変なエリートですが、その中からさらに選ばれた人たちが、日本に留学し、帰国してきたときの表情が実にすばらしいです。

 

写真は一つの真実を伝えます。満州国時代、あるいはモンゴル自治邦時代のモンゴル人の写真を見ていると、みんないい顔しています。私は、一九四九年以降、中華人民共和国の市民になってからの写真も集めて、研究の資料にしていますが、だんだんその顔が暗くなっていくのです。

 

当事者たちにインタビューしてみても、「自分の人生の中で、興安軍官学校時代、陸士時代はもう輝くように幸せなときだった」と言うのです。満州国もモンゴル自治邦も、日本の支配下にあったのは事実ですし、中には、いばった日本人もいたようです。それでも、「人生の中で最高に幸せな時代だった」と言うのが、彼らに共通した認識でした。

 

彼らは徹底的な日本風の訓練を受けましたが、興安軍官学校の生徒だけでなく、満州国あるいはモンゴル自治邦の普通の中学校においても、日本式の剣道などの教育が実施されていました。日本的な訓練を受けて育ったモンゴルの近代的な知識人ですが、中国では「日本刀をぶら下げた連中」と馬鹿にした言い方をします。それはモンゴルの青年軍人たちが、日本刀に憧れていたという一つの真実も伝えているのです。日本刀は崇拝の対象で、むやみに人を斬るものではないと、サムライ精神も学んでいます。つまりモンゴル人は、人を斬る武器として日本刀を学び、使ったのではありません。日本刀にこめられた人間として守らなければならない精神──正直、公平、卑しくないこと。こうした精神を学んだのです。モンゴル人本来が持っていた礼節、仁義を大切にするという精神が見事にサムライスピリッツと一致したということです。

 

日本統治時代に、多くの日本刀をぶら下げた知識人が誕生しています。すべてエリートです。モンゴル語のほか、中国語も、日本語も話せます。場合によってはロシア語もできます。満州国時代とモンゴル自治邦時代に、三、四ヵ国語ができるモンゴル人のエリートが育ちました。

 

彼らはモンゴル軍ですが、同時に大日本帝国の軍隊でもありました。指揮官が抜刀の礼をし、遥拝の礼を行っているのはモンゴル軍です。

 

モンゴル軍の遥拝の礼 
モンゴル軍の遥拝の礼 
颯爽蒙古騎兵 
颯爽蒙古騎兵 

 

モンゴル軍は、日本軍の一員として各地を転戦し、華北の戦線ではモンゴル軍が奮戦していました。当時の新聞には、大同に入場するモンゴル騎馬軍「颯爽蒙古騎兵、彼等また日章旗の下に」と、書かれています。

 

名実ともに日本軍とともに、いわば大和のサムライとモンゴルのサムライが肩を並べて戦ったわけです。

 

当時の精神性を表す歌もいっぱい誕生しました。たとえば、「蒙古新生の歌」は大変すばらしい詩です。その中に、「幼年校の精鋭よ」という歌詞がありますが、日本はモンゴル自治邦の中で、蒙古軍幼年学校をつくり、さらに興安軍官学校をつくりました。モンゴル人のために軍の学校を二つもつくっているのです。

 

たとえば、名古屋陸軍幼年学校、熊本幼年学校、仙台幼年学校などの陸軍幼年学校は、すべてヨーロッパの貴族の軍隊教育を参考にしてつくった教育制度です。幼年学校を出たら、陸軍士官学校、その上が、陸軍大学校です。日本の陸軍大学校にモンゴル人は一人入っています。

 

これが、一九四五年までの歴史でした。そして、一九四五年以降、日本人のサムライたちは、日本列島に帰り、残されたモンゴルは、独立しようとしました。モンゴル人民共和国という同胞の国との統一合併を求めましたが、ヤルタ協定によって南モンゴルは中国に占領させることになったので、結果として、中国の一部になってしまったのです。

 

 日本が満州国とモンゴル自治邦に残した軍隊は、五個師団の精鋭中の精鋭でした。しかし、その半分は中国共産党に、半分は国民党に分かれて、血で血を洗う戦いが始まるわけです。そして、一九四九年に中華人民共和国が誕生し、国民党は台湾に渡ります。

 

一九五〇年から毛沢東は三年連続、天安門広場で閲兵式を行います。そのとき、南モンゴルの騎馬兵が天安門を通るのです。戦争が終わってからまだ五年しか経ってないので、ほとんどの兵士も指揮官も、すべて日本統治時代を経験した人たちでした。

 

私は当事者にインタビューしましたが、号令はモンゴル語ですべきなのに、「つい日本語が出てしまう」とみんな言っていました。作戦命令は当然、日本語です。そのうち、中国の人民解放軍の指揮官から「もう日本語を使うな」と命令されますが、日本語で受けた訓練、受けた教育ですから、モンゴル軍の頭の中の近代的な知識は日本語でできていました。そこで、「どうしても日本語で思考するので、日本語が出てしまう」と彼らは言っていました。

 

天安門を通ったときが、実にかっこいい。白馬連隊、黒馬連隊、黒い馬、白い馬、そして茶褐色の馬、毛色を揃えているのです。その後、彼らの一部は朝鮮戦争にも動員されました。

伝統的には蒙古の馬は背の小さな馬でしたが、近代に入って、日本と同じように急速に西洋化します。日本がアメリカとオーストラリアから導入したヨーロッパ系統の馬、それが大量にモンゴルに持ち込まれます。ソ連軍もまた大量のヨーロッパの馬を連れてきます。南モンゴルの草原でユーラシアレベルでの馬の混血が始まるのです。ヨーロッパ系の馬はお腹が細く、脚がすらっとしています。モンゴルの馬は脚が太く、寒さに強い。そして持久力がすごい。何日間連続して走っても大丈夫です。ヨーロッパ系の馬は最初モンゴルで苦労していました。というのは、彼らは軍糧、特別の飼料しか食べません。ですから、その補給が断たれると、戦馬は走れなくなってしまうのです。

 

モンゴル軍のロゴマークにも、日本刀が入っています。

 

モンゴル軍と日本刀 
モンゴル軍と日本刀 
モンゴル軍騎兵隊第十五連隊 
モンゴル軍騎兵隊第十五連隊 

 

日本の伝統がモンゴルにきちんと残っているのです。

 

中国は、日本が残した五個師団に対して、徹底的な粛正、再編成をします。反中国的な思想、あるいは独立思想を持っている人は、次から次へと騎兵から追い出されていきます。これは一九五六年、モンゴル軍騎兵隊第十五連隊です。

 

ここに私の父親がいます。父親は満州国を経験していません。しかし、父は私以上に反中国で、思想が非常に反動的だったので、除隊させられてしまいました。

 

除隊させられなかったら、運命が変わっていたかもしれません。一九五八年からモンゴル軍がチベットに派遣されます。ダライ・ラマ法王が五七年から中国の侵略に対して抵抗しますが、五九年には十数万人のチベット人を連れてインドに亡命します。そのダライ・ラマのチベット人をとことん追いつめ、鎮圧していた先兵がモンゴル軍です。これは中国の「夷を以て夷を制す」、つまり少数民族を使って少数民族を弾圧するという、実に汚いやり方です。

 

さらに、一九六一年当時、中国軍にソ連の戦闘機が配備されている空軍がありました。しかし、ソ連の戦闘機は六〇〇〇メートル以上飛べませんでした。チベット人はインドへ逃げるために五〇〇〇メートル、六〇〇〇メートルの山々も越えていきます。そのかわいそうなチベット人を五〇〇〇メートル、六〇〇〇メートルまで追いつめたのが、モンゴル軍です。

 

彼らは日本型の近代文明を導入し、モンゴルの近代化を実現しようと努力しました。しかし、独立は実現できず、中国に併合されると、中国のために汚い仕事もしました。チベット侵略の先兵を務めたという点で、同じ少数民族が少数民族を鎮圧するのは悲劇です。それでも、モンゴル人はモンゴル軍を愛しています。ぜひ日本も、日本の軍人を誇りに思うように変わってほしいと思います。

 

日本人女性の話をします。八重子さんという方で、彼女のご主人、トグさんはモンゴル人です。これは一九六〇年代初期に撮った一枚ですが、彼女は波乱万丈の人生を送っています。

八重子さん一家 
八重子さん一家 

 

八重子さんは一九二八年、山口県に生まれ、十四歳のときに中国へ少年義勇隊として渡っています。蘇州を経由して、哈爾濱義勇隊中央病院で看護婦の勉強をして、看護婦養成所の三期生になります。

 

一九四五年、戦争が終わりましたが、彼女は中国共産党の八路軍の第四野戦軍の看護婦になります。なぜかといえば、中国共産党は人材が足りなかったのです。特に医者や看護婦がいなかった。ですから大量の日本人が留用人士とされて残されたのです。彼女の場合、朝鮮人の病院長から、「中国革命のために残ってください。中国革命のために蒋介石をやっつけましょう」と懇願されて残りました。そして、人民解放軍とともに国民党の軍隊と戦いながら海南島の近くまで南下します。

 

その途中で、同じ病院の院長だったトグさんと恋愛をします。トグさんは日本の医科大学にも留学したモンゴル人です。彼と相思相愛になって結婚しますが、八重子さんは最初、結婚に躊躇していました。トグさんが「私と結婚しないなら自殺する」と言って、八重子さんを口説き落として結婚したのです。八重子さんは一九五四年に除隊となって、内モンゴル自治区の包頭市の第二医院の医師になります。

 

ところが、一九六六年から文化大革命が勃発し、二年後にトグさんは暴行を受けて殺されました。日本に協力したこと、日本が撤退したあと、モンゴル人民共和国と統一合併をしたいと頑張ったことが、罪になりました。夫が殺されたあと、一九七四年に八重子さんは日本に帰ってきます。私は『墓標なき草原』(岩波書店刊)の中で書いていますが、当時ジェノサイドがありました。研究者によっていろいろ説がありますが、モンゴル人が一〇万人、あるいは五、六万人殺されています。当時、モンゴル人の人口は一五〇万ですから、五万人だろうと一〇万人だろうと、非常に大きい数字です。見事に日本統治時代を経験したエリートたちが殺されているのです。

 

トグさんも、その一人です。八重子さんは文革中にモンゴル人が大量虐殺されるのを家族の一員として経験しています。写真はたぶん文化大革命が始まる前の一枚ですので、子ども三人と幸せに暮らしている雰囲気が伝わってきます。『歴史通』(ワック刊)の七月号(二〇一六年)に、八重子さんの手記が出ています。これは感動的な人間ドラマですので、関心のある方は、ぜひお読みいただければと思います。

 

モンゴル人は日本時代を経験したがゆえに、大量虐殺を経験せざるを得なくなっているのです。つまり、モンゴル人の大量殺害は、中国が日本の過去を間接的に清算しようとして発動したジェノサイドです。背後に日本人とモンゴル人が築き上げた良好な関係があるからです。

 

ですから、私は最近「日本はもっと元植民地と勢力圏に積極的に関与すべきだ」と主張しています。フランスを見てください。フランスは一生懸命アラブと北アフリカの国々に関与しています。日本も元植民地、旧勢力圏に関与すべきです。フランスは戦勝国で、日本は敗戦国だからと思うかもしれませんが、そういう縮み思考は必要ありません。積極性が大事です。

 

隣人中国はジェントルマンではないので、日本人が縮み思考になると、尖閣諸島や南シナ海にどんどん出てきます。誰かが憲法九条をコピーして尖閣諸島に立っていれば、飛行機が飛ぶのをやめますか。軍艦が現れるのをやめますか。問題はそういう隣人ではないのです。ですから、もっと積極的に関与しなければならないと思います。関与というのは戦闘機を内モンゴルに飛ばすということではありません。これほど日本人といっしょに暮らしてきた人たちが、今どうなっているのだろうと、関心を持っていただく。そこから始まると思います。

 

日本が関与すべきだというのは、日本型の近代文明には普遍性があるからです。日本型近代文明の普遍性は、決してハイテクの製品、便利な生活だけではありません。価値観です。日本人の公平さ、正直さ。この価値観が日本文明を生んだ普遍性の原動力だと思います。

 

そして、南モンゴルが今の状況に置かれているのは、ヤルタ協定があるからです。ですから、ヤルタ協定も見直さなければなりません。実は、ヤルタ協定を見直してくれた人がいます。ロシアのプーチン大統領です。クリミア半島を併合しました。あのクリミア半島でヤルタ協定が結ばれたのです。ウクライナに属していたところをプーチンが力でもぎ取って自国領としました。これは、ヤルタ体制の見直しという前例をつくってくれたのです。ですから、私たちも戦後体制を少しずつ見直さなければならないと思います。戦後体制を見直しできたら、おそらく尖閣問題も能動的に解決できると思います。

 

日本の植民地だった台湾に行きますと、高雄駅とかいろいろなところに日本時代の建物が残っています。そして、台北の近くにも温泉街があって、日本時代の雰囲気を残しています。しかし、内モンゴルでは、日本時代の面影を確認するのは非常に困難になりました。

東京の池上本門寺には満州国軍の慰霊碑があります。靖国神社では戦馬が供養されています。

 

満州国軍慰霊碑 
満州国軍慰霊碑 
靖国神社の戦馬 
靖国神社の戦馬 

 

こういう風景を見ると、心が和みます。戦馬も供養されているというのは、日本精神あるいはモンゴルにも通じる精神性の表れだと思います。

 

現在、モンゴル軍は解散させられ、内モンゴルにはモンゴル人独自の軍隊はありません。軍隊がないため、中国政府はモンゴル人を大量虐殺できたのです。

 

南モンゴルの歴史が何を意味しているかと言えば、中国に平定された民族、国家の悲劇です。中国に呑み込まれると、その軍隊は他の民族を侵略する先兵になるのです。もし、日本が中華人民共和国日本自治州になったら、日本軍はアメリカを侵略する先兵になるかもしれません。そして、最終的には武装解除され、虐殺されるという運命になってしまうかもしれません。実際、内モンゴルの歴史がそれを物語っています。

 

南モンゴルは独立できませんでした。しかし、半分は独立できています。それが、白鵬の国モンゴル国です。希望はまだあります。日本型の近代文明はユーラシアの遊牧民、諸民族に高く評価されています。日本の未来は、ユーラシアにあると思います。そのユーラシアに立脚した世界戦略をつくらなければならないと思います。

 

モンゴル人同士で一つの国をつくるというのが最高の目標です。しかし、ヤルタ協定から、もう七十一年の歳月が経ってしまいました。そして今、南モンゴルのモンゴル人は五〇〇万人弱ですが、中国人は三〇〇〇万人もいます。これはもう多数の中国人に囲まれた弱小民族になってしまっています。ですから、国際社会の大国である日本は、中国が暴走しないよう、「私たちの友人を虐待するな」と、端的にずばりと言ってほしいと思います。

 

中国も将来どうなるかわかりません。チベット、ウィグル、南モンゴルの問題が未解決というだけでなく、漢民族自身が中国共産党に抑圧された状況下にあるのです。共産党支配下の中国がいつまで維持できるのかも未知数です。

 

ただ、世界は地方自治、地方分権、民主主義という流れですので、モンゴルも連邦、高度の自治という流れに乗らなければならないと思います。

 

歴史戦は当分まだ続くかと思います。『歴史通』の九月号(二〇一六年)で、渡辺利夫先生と不肖私が対談しています。その中で渡辺先生が「歴史戦こそが第三次世界大戦だ」とおっしゃっています。歴史戦は、冷戦構造の崩壊と連動している部分もあると思います。冷戦は東西二つの陣営のイデオロギー上の対立という要素がありましたが、冷戦構造が終わると、イデオロギーがなくなります。すると、負けた側の中国あるいはそれに付随する勢力が、再び歴史を武器として持ち出すわけです。

 

彼らは、従軍慰安婦問題、南京事件などを武器として、国際社会、国連を舞台にうごめいています。それに日本がどう対応するのか。それは、日本の近代文明をどう評価するかということと連動します。そういう意味で、第三次世界大戦は歴史戦争だという指摘を私は重く受け止めています。日本人が築き上げたすばらしい日本型近代文明の普遍性が世界に広がっていくためにも、この歴史戦は勝たなければならないと思います。

 

 

櫻井よしこ理事長 – 講演後のあいさつ

 

われわれは、敗戦したのだから、発言する立場にないし、発言してはならないという感じで、日本国内のことだけを考えて過ごしてきました。実は、日本が大東亜戦争の中で良かれと思ってしたことが、敗れたことによって、その場に残った人たちが大変な目に遭ってきている。敗北したあとにも、やるべきことがたくさんあったのではないか。

日本はその後、経済大国として蘇りました。蘇ったのなら、なおさら、戦時中のことに思いを致し、日本文明のあり方、日本型近代文明、その日本らしいエッセンスをいかに再生していくのか。

国内だけでなく、私たちが関係を持った民族、地域の中で、いかにもう一回息づかせるか。そのことによって、何ができるのかということを考えなければならないと思います。

実は、モンゴル、ウィグル、チベットの三民族に加えられている中国の弾圧は、生易しいものではありません。私は中国人がどのような方法で拷問をするのか、ある大学が熱心に研究して書いたものを読みましたが、あまりの残酷さに眠れませんでした。たとえば、針金で縛って柱に括りつけ、その前で火を焚いて、死ぬまでそうしておく。田を耕す鍬の鉄板の上に燃え盛る炭を入れ、人の頭の上に乗せて、焼き殺す。どんなに苦しいことかと思います。

このような人間とは思えないような拷問の方法が、少なくとも五〇種類はある。読んだ私が眠れないのですから、された民族はどうでしょうか。チベットの人たち、ウィグルの人たち、どれほどの人が殺されたか。死ぬまでに苦しみ抜かせ、できるだけ長い時間を費やして殺すのがよい方法だと漢民族は考え、それを実行します。

大東亜戦争で敗れたことによって、多くの問題が発生しました。私たち日本人がその半分のところに関与している。大東亜戦争は終わったけれど、私たちが関わった民族、関わった地域で、その後いったい何が起きているのか。

それを忘れないことが大切だと思いました。

 

ヤルタ協定は誤りであると、ブッシュ大統領も言いました。アメリカの視点から見ても、ヤルタ協定はアメリカが犯した最大の間違いだということです。若い皆さんにとっては、ヤルタ協定について考えてみるのも、一つのいい課題だと思います。

 

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