近現代史記事紹介-4

 

■ 侵略されたのはウクライナだけか

 

 

産経新聞the考に、潮匡人氏の「侵略されたのはウクライナだけか」が寄稿されていましたので、書き起こして掲載します。

 

本当に日本は当事者意識がないですね。政治家の劣化が予想以上に著しい。

2022/08/08

 

The 考 潮匡人氏寄稿

2022/08/07 

侵略されたのはウクライナだけか

 

軍事ジャーナリスト 潮匡人氏 
軍事ジャーナリスト 潮匡人氏 

 

潮 匡人(うしお まさと、1960年生まれ)は、日本の評論家、軍事ジャーナリスト、航空自衛官。早稲田大法学部卒業。旧防衛庁・航空自衛隊入隊後、早大大学院法学研究科博士前期課程修了。長官官房などを経て、3等空佐で退官。帝京大准教授、拓殖大客員教授など歴任。防衛庁広報誌「日本の風」(通巻6号で休刊)編集長。著書多数。来月には:『ウクライナの教訓 反戦平和主義が日本を滅ぼす』(育鵬社)の発刊を予定。

 

当事者意識なき日本

 

去る7月22日の閣議で報告、了承された最新版の『防衛自書』(防衛省刊行)は、「ロシアによるウクライナ侵略」と題した新たな章を設け、13ページにわたって、関連情勢を解説した。そのなかで、「ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法と国連憲章の深刻な違反」と断罪し、こう述べた。

 

「多数の無辜の民間人の殺害は重大な国際人道法違反、戦争犯罪であり断じて許されない」「このようなロシアの侵路を容認すれば、アジアを含む他の地域においても一方的な現状変更が認められるとの誤った含意を与えかねず、わが国を含む国際社会として、決して許すべきではない」

 

そのとおりだが、問題は具体的に、どう対応するか、である。『防衛自書』は「許されない」「決して許すべきではない」と書くが、「決して許さない」とは書かない。「されない」という受動形の表現や、文字どおりの「べき論」に終始している。よく言えば客観的な表現だが、それは政府として「許さない」という意思表示ではない。要するに他人事ではないか。将来の日露関係を見込んだ外交的な配慮かもしれないが、これでは、ロシアの行動を修正させる効果は期待できない。米国をはじめとする欧米諸国はロシアに対する武力行使は行わなくとも、ウクライナに武器を供与し、侵略を「許さない」という意志を具体的行動で示しているが、日本はどうか。『防衛自書』はこう続けた。 

      

「国際社会は、このようなロシアによる侵略に対して結束して対応しており、各種の制裁措置などに取り組むとともに、ロシア軍の侵略を防ぎ、排除するためのウクライナによる努力を支援するため、防衛装備品等の供与を続けている。ウクライナ侵略にかかる今後の展開については、引き続き予断を許さない状況にあるが、わが国としては、重大な懸念を持って関連動向を注視していく必要がある

 

なるほど、日本も「各種の制裁措置などに取り組むとともに、(中略)防衛装・備品等の供与を続けている」が、欧米諸国と比べ、質も量も格段に劣る。供与しているのは、防弾チョッキなどであり、武器ではない。憲法解釈上も、武器供与は難しいという事情はわかるが、誰も解釈を修正しようとしない。

 

過日、米国のケビン・メア元国務省日本部長が、「日本は地対艦ミサイルをウクライナに供与せよ」と「直言」したが(国家基本問題研究所ホームページ「今週の直言「2022年6月20日)、残念なことに、日本政府はもちろん、日本のマスメディァからも、そうした声は上がつてこない。これでは傍観者ではないか。

 

 

北方領土を奪われたのに

 

いや、今さら当事者意識の欠如を嘆くまでもない。ウクライナ以前に、日本の「主権及び領上の一体性」も、77年の長きにわたり、侵害されてきた。

 

振り返れば、日本はロシアより早く、いわゆる「北方四島」(択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島)の存在を知り、これらの島々を統治してきた。

 

1855年2月7日に、日本とロシアとの間で「日魯通好条約」(下田条約)が調印され、択捉島とウルップ島の間に国境が確認される以前も以降も、「四島」は一度たりとて他国の領土となったことがない(つまり日本固有の領土である)。

 

ところが1945年8月9日、旧ソ連(現在のロシア)が、日ソ中立条約を踏みにじり対日参戦。日本がホツダム宣言を受諾した後も攻撃を続け、同年8月18日には(当時日本領の)千島列島に侵攻、その後28日から9月5日までの間に「四島」をすべて不法占領した。

 

当時、「四島」にソ連人は一人もなく、約1万7千人もの日本人が住んでいたが、ソ連は翌年、一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させた

 

それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いている。このため日露間では、戦後77年を迎える本年、いまだに平和条約が締結されていない。

 

外務省のホームページに、「政府は、北方四島の帰属の問題を解決してロシアとの間で平和条約を締結するという基本方針に基づき、ロシアとの間で強い意思をもつて交渉を行っています」と書かれて久しいが、ロシアによるウクライデ侵略を受け、北方領土返還の見通しは絶望的となった。

 

「重大な懸念を持ってウクライナ関連動向を注視していく」前に、以上の歴史的経緯を直視すべきではないだろうか。

 

 

露を牽制する日米演習を

 

そのうえで今のロシア間題に具体的に、どう対処するか。私は、わが国とロシアの間にあるオホーツク海において自衛隊と米軍が日米共同演習を実施し、ロシアを牽制することを提唱している。ロシアは、この海域に近接する東部軍管区からも大量の兵力を動員し、ウクライナに投入した。私が提案する具体策の軍事的な効果は大きいはずである。

 

なぜ、オホーツク海なのか。

 

それはオホーツク海が、カムチャツカ半島に配備されたロシアの弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)のパトロートル海域であり、北極海と並んでロシアの対米核抑止力を担う“聖域”とされているからだ。

 

オホーツク海および北西太平洋へのソ連SSBNの配備が、ソ連の内部防衛圏を拡大させて日本をこの圏内に入れ、日本に対する潜在的脅威を生み出した」(岡崎久彦・西村繁樹・佐藤誠二郎『日米同盟と日本の戦路』91年、PHP研究所)。

 

以上の安全保障環境は、ソ連がロシアとなつた今も変わらず続く。ロシアはオホーツク海の核要塞化により、対米核抑止力を確保できたから、東部軍管区から兵力をウクライナに投入できたとも言えよう。

 

そう考えると、オホーツク海で日米共同演習を実施できれば、その軍事的な効果は限りなく大きい。ロシアにとっては、自国の“聖域”を侵された、という脅威認識につながる。ウクライナ戦線に東部軍管区の戦力を投入している場合ではない、ということになろう。またオホーツク海の大半は、航行の自由や上空飛行の自由が認められる国際法上の公海であり、すべての国に開放されている。武力行使にも当たらず、国際法上、何の問題もない。また、武器供与と違い、法律上の制約もない。自衛隊にできる最大限の効果的な行動である。

 

だが、そうした声はどこからも聞こえない。しかも前出『防衛自書』も、ロシアによるウクライナ侵略を受け、こう書いた。

 

「わが国周辺においては、戦略核戦力の一翼を担うロシア軍の戦略原子力潜水艦の活動海域であるオホ―ツク海周辺地域、すなわち、北方領土や千島列島周辺におけるロシア軍の活動のさらなる活発化をもたらす可能性がある

 

残念ながら事実、ロシア軍の活動は活発化してきた・・にもかかわらず、自衛隊は何もしないのか。せめてオホーツク海での演習ぐらい、実施できないのか。「ロシアは力を信奉する国である」(乾一宇『力の信奉者ロシアその思想と戦略』JCA出版)。ウクライナでも、北方領土でも、力だけがロシアを動かす

 

 

 

■ 日中戦争は“日本と中国”の戦いではなかった

 

 

中国大陸でのインテリジェンスの戦いと軍事的支援と題して、江崎道郎氏がFBに紹介していましたので、書き起こして掲載します。

 

日中戦争の本質は、中国大陸の権益を巡るドイツ・ソ連・イギリス・フランス、そしてアメリカの争いで、結果的には中国をソ連と中国共産党に取られ、アメリカ外交の大黒星ということですね。

2022/07/25

 

ガジェット通信GetNewsから

アメリカの近現代史観では日中戦争は“日本と中国”の戦いではなかった

2022/07/23 07:00createWANI BOOKS NewsCrunch

 

 

山内智恵子(やまのうち・ちえこ)は日米近現代史研究者。1957年(昭和32年)東京生まれ。国際基督教大学卒業。津田塾大学博士後期課程満期退学。日本IBM株式会社東京基礎研究所を経て現在英語講師。2013~2017年まで憲政史家倉山満氏、2016年から評論家江崎道朗氏のアシスタント兼リサーチャー(調査担当者)を務める。近年は、アメリカのインテリジェンス・ヒストリー(情報史学)や日米の近現代史に関して研究し、各国の専門書の一部を邦訳する作業に従事している。著書に『ミトロヒン文書 KGB(ソ連)・工作の近現代史』(監修:江崎道朗 ワニブックス)がある。

 

 

中国の台湾侵攻を皮切りに、東アジア圏の平和が脅かされる未来、台湾有事が現実味を帯びてきている。

もはや中国を一国の力で止めることは限りなく不可能に近いが、かつての日本と中国の戦いは、どのようにして展開された戦争だったのだろうか。アメリカのインテリジェンス・ヒストリー(情報史学)に詳しい山内智恵子氏が、ユ教授の『龍の戦争』から、日中戦争の本質を見抜きます。

 

 

中国大陸でのインテリジェンスの戦いと軍事的支援

 

戦前・戦時中の中国大陸での戦争を描いた、軍事史及び現代中国の専門家であるマイルズ・マオチュン・ユの『龍の戦争』は、非常にユニークな本です。

第一に、中国大陸での戦争について扱っているのに、日本と中国との戦争については、ほとんど出てきません。出てくるのはせいぜい、盧溝橋(ろこうきょう)事件をきっかけに日中戦争が始まったこと、日本のハワイ・マレー沖攻撃で日本の対英米戦争が始まったこと、1945年8月に日本が降伏したこと、あとは、一号作戦がほんの少し言及される程度です。

従って、第二に、日本のことがほとんど出てきません。日中戦争の各局面で、蔣介石が率いる中国国民党政権が、日本とどのように戦ったのかという話がすっぽり抜けているので、日本軍や日本政府の出番がないのです。日中戦争には当然、膨大な数の日本人が関わっていますが、この本に出てくる日本人の名前は、陸軍軍人の藤原岩市と共産主義者の野坂参三だけです。

 

では、この本で描かれているのは何か。

蔣介石が率いる中国国民党政権と、彼らを支援するドイツ・ソ連・イギリス・フランス・アメリカの熾烈な駆け引きです。ユ教授は、戦前の中国大陸での戦争を、日本と中国との戦争ではなく、中国大陸の権益を巡るドイツ・ソ連・イギリス・フランス、そしてアメリカの争いだと見ているわけです。

 

よって、この本は、蔣介石が国民党の中で台頭していく1920年代後半から、アメリカが中国大陸から手を引く1947年までの、諸外国(独ソ英仏米)の対中支援と中国側の対応を通史として描きつつ、なぜ蔣介石が最終的に中国共産党に負けたのかを分析しています。

そして、ユ教授は特に、各国の政府・情報機関の思惑や、外国情報機関と蔣介石政権が行った情報作戦に着目しています。中国大陸での勝利を左右したのは、日本軍と中国軍の兵力差というよりも、諸外国の「武器を使わない」インテリジェンスの戦いと、それに伴う経済的・軍事的支援だと考えているのです

 

 

 

▲『インテリジェンスで読む日中戦争』より

 

蒋介石を支援しきれなかったアメリカの失敗

 

1937年7月に始まった日中戦争で、蔣介石が率いる国民党政権は、軍事的にも近代的インフラでも、圧倒的に優位な日本と戦わざるを得ませんでした。中国国内に軍事産業がなかったので、抗日戦を続けるには外国からの軍事援助がどうしても必要でした。ユ教授によれば、日中戦争は日本と中国だけの地域戦争ではありません。

 

事実上、欧米列強のすべてが、なんらかの形で日中戦争と関わるようになり、中国の内部で軍事・情報作戦に手を染めていたのです。

 

『龍の戦争』に登場する各国政府・情報機関は実にしたたかです。ドイツは別として、ソ英米仏と蔣介石の国民党政府は、第二次世界大戦の連合国として味方同士ですが、各国には当然、それぞれの国益があります。同じ国でも、省庁や機関それぞれの利害があり、一枚岩ではありませんでした。

 

ユ教授は、蔣介石が各国の政府や情報機関に上手に対処できなかったことが、日本敗戦後の国共内戦で中国共産党に敗北した原因だったとしています。

 

蒋介石 出典:ウィキメディア・コモンズ 
蒋介石 出典:ウィキメディア・コモンズ 

 

蔣介石がなぜ負けたかを分析することは、同時に、アメリカの対「蔣介石」支援が、どう失敗したのかを明らかにすることでもあります。

 

1920年代から第二次世界大戦が終わるまでのあいだに、中国を支援した独ソ英仏米5カ国の中で、蔣介石政権支援を国策としていたのは唯一アメリカだけでした。アメリカ政府は、対中ローン供与を始めた1938年末から、最終的に中国から手を引いた1947年までの足掛け9年ものあいだ、国民党の蔣介石を支援しました。

 

ところがアメリカは、中国大陸での権益を求めて日本と対立し、戦争で日本に勝つことはできたものの、中国大陸を手に入れたのは中国共産党だったのですから、結果的にはアメリカ外交の大黒星です。

 

この敗北を、アメリカ政治史では「中国の喪失」(loss of China)と呼びます。

 

ユ教授の本は、蔣介石の敗北を描きつつ、なぜアメリカが日本との戦争に勝ちながら、結果的に中国をソ連と中国共産党に取られたのか、その原因を分析しています。

 

『龍の戦争』から読み取れるアメリカの失敗の根本は、結果的に「蔣介石をろくに支援せず、中国共産党を太らせた」ことです。

 

揚子江に展開するアメリカ第7艦隊の軽巡洋艦ナッシュビル 出典:ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン) 
揚子江に展開するアメリカ第7艦隊の軽巡洋艦ナッシュビル 出典:ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン) 

 

※本記事は、山内智恵子:著/江崎道朗:監修『インテリジェンスで読む日中戦争 – The Second Sino-Japanese War from the Perspective of Intelligence -』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

 

 

 

■ 追悼・安倍氏、生まれながらの戦略家

 

 

産経新聞の 『世界を解くE・ルトワック』に、「追悼・安倍氏 生まれながらの戦略家」が載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

安倍氏の外交・安保分野での功績は、最大の遺産ということですね。さて誰が引き継ぐのか?

2022/07/16

 

世界を解くE・ルトワック

追悼・安倍氏 生まれながらの戦略家 日本外交の「革命」後戻りせず

2022/7/14 16:29黒瀬 悦成 国際

 

エドワード・ルトワック氏 
エドワード・ルトワック氏 

 

エドワード・ルトワック(Edward Nicolae Luttwak、1942年11月4日)は、アメリカ合衆国の国際政治学者。専門は、大戦略、軍事史、国際関係論。ルーマニアのユダヤ人の家庭に生まれ、イタリア、イギリスで育つ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学び、英国軍、フランス軍、イスラエル軍に所属した後、1975年にジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論の博士号取得。現在、戦略国際問題研究所シニアアドバイザー。

 

 

日本の安保 根本から変えた

 

亡くなった安倍晋三元首相とは、安倍氏が第2次政権で2014年に国家安全保障局(NSS)を設立するに際し、数年間にわたり一緒に仕事をする機会があった。そのことを名誉に思う。安倍氏の死去は日本にとって大いなる損失だ。

 

安倍氏は軽妙なユーモアの持ち主である一方、岸信介元首相の孫、そして首相の座を目指した安倍晋太郎元外相の二男として、自らが尽くすべき本分が何であるかを理解していた。

 

私は安倍氏の「指南役」と呼ばれることも多いが、実際のところはそうではない。私は安倍氏と何度も会って懇談し、安倍氏が繰り出してくる外交や安全保障に関する詳細で実質的な質問に答えてきただけだ。

 

安倍氏は戦略を学問として研究したことはないが、戦略を本能的に理解し、生まれつき戦略的な思考を身につけていた。

 

当時の私の仕事は安倍氏の意向を受け、国家安全保障局に配置される外務省や防衛省の職員らに訓練を施し、同じ職場で意思疎通できるよう意識を変えることだった。彼らの多くは後に幹部や将官に昇進した。

 

安倍氏は、日本の安全保障政策や戦略策定の仕組みを根本から変えた。

 

以前であれば、例えば日米関係では外務省は国務省、防衛省は国防総省、海上自衛隊なら米海軍と個別に話し合って政策を調整し、日本側は省庁間で連携しなかった。それぞれが事実上の米国の出先機関と化し、日本国として複数の指があっても一つの手として自律的に動くことのできない状態だったのだ。

 

特に外務省と国務省との間では、ライシャヮー元駐日米大使(在任1961〜66年)にちなみ「ライシャワーライン」と呼ばれる人脈があり、日本の軽武装、専守防衛、自衛隊の海外派遣禁止にこだわり続けた。

 

安倍氏の下では、外交官と自衛隊関係者が意見を交わし、日本が自らの手で外交・安保政策を作り上げる体制ができた。安倍氏は、日本外交が独立性を増し、適切な責任を負うことで、日本が米国のより良き同盟国になることができると確信していたのだ。

 

その意味で、国家安全保障局の設立は、安倍氏の指導力なしでは実現し得なかった、外交・安保分野での最大の遺産といえる。

 

 

日本外交の「革命」を継げ

 

安倍氏は、関係省庁の権限を国家安全保障局に集約させ、日本の政策決定過程を変え、政治構造を変えた。諸外国では、似たような組織をつくっても各省庁が自らの権益を優先させて優秀な人材を出し渋り、役に立たないことが多い。

 

日本では谷内正太郎氏という傑出した人材が初代の国家安全保障局長を務めたほか、外務省などから優秀な職員らが送り込まれ、発足初曰から機能した。

 

もう一つの遺産は「独立した外交政策」だ。

 

例えばロシアとの関係だ。安倍氏は、北方領土が返還される見通しがないことは最初から分かっていたが、プーチン露大統領と対話することで、日本には米政策の延長ではない独自の外交政策があることを見せつけようとした。

 

また、世界各国・地域を俯瞰する「地球儀外交」を通じ、中国に接するカザフスタンやミャンマーとの関係強化にも努めた。

 

イン‐ドとの関係を緊密化したことも非常に大きな貢献だ。

 

安借氏は、モディ首相が西部グジャラート州首相だった2007年頃から交流を重ね、日印関係を飛躍的に前進させた。日印の艦船による合同訓練も行われるようになった。強固な日即関係は、中国に対する防壁になるという意味で非常に重要だ。

 

安倍氏が実行したのは日本外交の「文化革命」で、後戻りすることはない。民主党の菅直人政権下の10年に尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした事件で、中国の圧力に屈して、逮捕された漁船の船長が釈放されたような事態は二度と起きないはずだ。今月10日の参院選では自民党などの改憲勢力が議席の3分の2以上を確保したが、安倍氏は自身の目で見たかったこと‐だろう。

 

一方で、少子化などの社会問題では、安倍氏は外交・安保政策で見せたような指導力を発揮し切れず、多くの課題が残された。

 

いずれにせよ、岸田文雄首相を筆頭とする安倍氏の後継者たちは、安倍氏が持ち合わせていた、何者にも臆することなく日本の最終的勝利を確信して行動した「勇気」を受け継いでいかなくてはならない。特に中国への対処には、こうしたブレのない心構えが最も大切なのだ。(聞き手 黒瀬悦成)

 

 

 

■ 元ロシア国務長官を偲ぶ

 

 

産経新聞の「世界裏舞台」に佐藤優氏が「ロシア国務長官を偲ぶ」と題して、気になる寄稿文を載せていましたので書き起こして掲載します。

 

ロシア人にもこういう意見を持った人がいるんだね。非常に参考になりました。

2022/07/15

 

作家 佐藤優氏 
作家 佐藤優氏 

 

佐藤 優は、日本の作家、外交官。同志社大学神学部客員教授、静岡文化芸術大学招聘客員教授。学位は神学修士。 在ロシア日本国大使館三等書記官、外務省国際情報局分析第一課主任分析官、外務省大臣官房総務課課長補佐を歴任。

 

元ロシア国務長官を偲ぶ

 

ロシアでエリツィン政権初期に国務長官を務め、日露関係でも重要な役割を果たしたゲンナジー・ブルブリス氏が6月19日、国際会議に出席するために訪問していたアゼルバイジャンの首都バクーで亡くなった。76歳だった。報道によれば、同日の昼までブルブリス氏は元気だったが、夜にホテルのサウナで倒れているところを発見された。既に死亡していたという。

 

ゲンナジー・ブルブリス氏AP
ゲンナジー・ブルブリス氏AP

 

 

ブルブリス氏はソ連崩壊のシナリオであるベロベーシ合意が1991年に起案された際の中心人物だった。だから、ソ連崩壊を「20世紀最大の惨事」と主張するプーチン大統領下のロシアにおいてブルブリス氏の評価は極めて低い。同氏の死去について伝えるロシアの新聞も否定的コメントを付している。

 

エリート層に影響を与えるイズベスチヤ(電子版)は6月19日、こう報じた。

 

《CIS一ューラシア統合・在外同胞問題に関する国家院(下院)委員会のレオニトード・カラシェコフ委員長は「ソ連崩壊の父」を自任していたブルブリスについてこう述べた。「死者について悪く言うことはよくないが、私はブルブリスについて善いことを何一つ覚えていない。彼自身がソ連崩壊とベロベーシ合意の父であると述べていた。私個人としては全く是認することができない」》

 

現在のロシアでは政治エリートも大衆も、ブルブリス氏について忌避反応を示している。

 

筆者はこのような評価は不当だと考える。ブルブリス氏のように聡明で胆力のある政治家がいなければ、ソ連共産党による全体主義体制が崩壊することはなかった。筆者はブルブリス氏と非常に親しくし、家族ぐるみで付き合っていた。ブルブリス氏は気難しく、極端な能力主義者で、政敵だけでなく味方の陣営でも能力不足と見なした人間を一切無視するという姿勢をとっていたので敵が多かった。理由はよくわからないが、筆者はブルブリス氏に気に入られ、事務所はもとより自宅や別荘にも自由に訪れることを認められていた数少ない外国人だった。

 

ブルブリス氏はロシア要人の中で一番初めに、ロシアは北方四島を日本に返還すべきであると公の場で述べた人物でもある。それは1993年8月末から9月初めに同氏が初めて訪日したときのことだった。当時、筆者はモスクワの日本大使館の二等書記官だったが、ブルブリス氏に同行するために一時帰国していた。根室で元島民と会った後、夕食のときブルブリス氏は筆者にこう言った。

 

「私は南クリル(北方領土に対するロシア側の呼称)問題に対する姿勢を決めた。日本人の元島民は、現在のロシア人島民と共生したいと述べていた。日本にロシア人を排斥しようとする機運はない。ロシアで現在進んでいる改革は、スターリン主義と断絶することだ。内政における自由化、民主化、市場経済への移行も脱スターリン主義化の一環だ。国際関係においても脱スターリン化が進められなくてはならない」

 

ブルブリス氏は対日外交でも反スターリン主義を貫く必要があると主張した。

 

「歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の4島はスターリン主義のソ連が日本から強奪したものだ。日本人がこのような過疎の島は経済的負担が増えるのでいらないと述べても、ロシアは自発的に4島を日本に返還しなくてはならない。なぜなら4島返還はロシアがスターリン主義と訣別したことの証左になり、国際社会でロシアが尊敬されるために必要だからである。北方領土の返還こそがロシアの長期的国益に貢献する」

 

ブルプリス氏は東京での記者会見でもこの見解を表明した。ロシアでブルブリス氏の発言は激しく叩かれたが、同氏は主張を貫き通した。ブルブリス氏は訪日結果をエリツィン大統領に直接報告した。このことがエリツィン氏に少なからぬ影響を与えた。

 

その後、プーチン政権になってからもブルブリス氏は北方領土問題に関する持論を変えなかった。2014年のロシアによるクリミア併合に反対すると表明した後、ブルブリス氏がロシアのマスメディアに登場することはなくなった。同氏の反スターリン主義は筆者の心の中で今も生きている。(作家佐藤優)

 

 

 

■ 国連の病理、癒着の構造

 

 

産経新聞のThe 考に、「国連の病理 癒着の構造」と題して、気になる、島田洋一氏の考察が載っていましたので書き起こして掲載します。

 

国連はもうほとんど機能していないのが実情ですね。ここまできても、実現不可能な「安保理常任理事国入り」を悲願として巨額の税金を投入する政府や政治家は、まじめに考えているのかな?

2022/07/12

 

 

国連の病理 癒着の構造 島田洋一

2022/7/7 08:00 国際

 

国際政治学者 島田洋一氏
国際政治学者 島田洋一氏

 

島田 洋一(しまだ よういち、1957生まれ )は、日本の国際政治学者。福井県立大学学術教養センター教授、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会副会長、国家基本問題研究所評議員兼企画委員。

 

国連の病理 癒着の構造

中国から特別報告書に20万ドル

 

今年5月、国際連合人権理事会の下で実態調査や報告に当たる特別報告者アリーナ・ドゥハン氏(ベラルーシ国立大学教授)が、中国からの20万ドルをはじめ、複数の独裁国家から金銭を受け取っていたと国連監視団体UNウオッチが発表し、問題になった。

 

記者会見に臨む国連特別報告者のアリーナ・ドゥハン氏=5月18日、イラン・テヘラン(AP) 
記者会見に臨む国連特別報告者のアリーナ・ドゥハン氏=5月18日、イラン・テヘラン(AP) 

 

 

驚くべきことに、この事件に驚くべき点は何一つない。国連という組織の本質に由来する構造的な癒着である。順を追ってみて行こう。

 

ことの起こりは、イラン核開発疑惑に対する米国など関係国の制裁に反発したイランが、その不当性を訴えたことである。2014年9月26日、国連人権理事会は、人権侵害を理由とした一方的制裁を非難する決議を賛成多数で採択した。その中で、実態調査に当たる特別報告者の設置も決められた(同決議22条)。この決議を推進し、賛成したのは中国、ロシア、キューバ、ベネズエラなど32ヵ国、反対したのは日米英独仏伊など14ヵ国、棄権が2ヵ国だった。

 

常識が邪魔をして、一瞬意味を取り損ねた読者もいるだろうから確認しておけば、採択されたのは人権侵害に対する制裁決議ではなく、その「制裁を非難する」決議である。

 

すなわち、人権理事会は、イラン制裁のように米国など有志諸国が国連の枠外で科す人権制裁を牽制し、必ず人権理事会多数派の承認を必要とする仕組みとするため、非民主国家が中心になり、決議を採択したのである。

 

これを受け、20年3月に特別報告者に就任したのが問題のドゥハン氏。ロシアのウクライナ侵略を盟友として支援する、ベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領の御用学者である。彼女は「国連」の看板を最大限利用して、精力的に独裁国家の「現地調査」に赴き、自由主義諸国によるイラン、シリア、ベネズエラ、キューバ、ロシア、ジンバブエなどに対する制裁は、現地の経済を悪化させ、国民を苦しめるのみだとする批判的発信を続けた。一方、独裁権力側の暴虐については黙認。ウイグル人の強制労働などが問題となる中国についても、「ウイグル人弾圧」など存在せず、実態は新彊ウイグル自治区の発展に資する職業訓練だと喧伝するシンポジウムに参加するなど、中国側のプロパガンダに寄り添ってきた。

 

まさに倒錯の世界だが、人権理事会の決議に照らせば、ドゥハン氏は「適任」であった。今回発覚した中国などからの金銭問題は、あくまで付随的な非行に過ぎない。存在意義を厳しく間われねばならないのは、何より「人権制裁非難決議」を通した国連人権理事会そのもの、さらには国連そのものなのである。

 

 

不正の「もみ消し工場」

 

国連人権理事会は、その名に反して、人権蹂躙国家群が談合し、互いの不正行為を闇に葬る「国際もみ消し工場」の様相すら呈している。次第にそう変質したのではなく、初めからそうだつた。

 

理事国に関わる問題は取り上げないという不文律がある上、定数47の理事国は、政情不安や独裁などで人権問題がある諸国にも多く割り当てられる。国連総会で選出されるが、議席は地域グループごとに割り振られ、アフリカ13、アジア太平洋13、東欧6、中南米8、西欧その他7となっている(任期3年)。

 

では割り振りの変更や資格要件の厳格化が可能かというと、自国の人権問題に触れられたくない国々が多数を占める国連総会で枠組みが決定される以上、それはあり得ない。すなわち人権理事会は、構造的に改革困難な組織なのである。

 

米国は18年6月、当時のトランプ政権が同理事会からの脱退および拠出金の支払い停止を決めたが、以上のような背景あってのことである。当時朝日新聞が社説で「人権を重んじる大国を標榜してきた米国が、自らその看板を下ろす行動を続けている」「(人権理事会は)国連総会が選ぶ47の理事国が集い、世界の人権を監視している組織だ」と書いているが、現実遊離で笑止という他ない。当時ヘイリー米国連大使は、「偽善と腐敗」に満ち、「恐るべき人権抑圧履歴を持つ国々の隠れ蓑となっている人権理事会」にこれ以上正統性を与えないため、米国が率先して脱退したと述べた上、国連は「米国やイスラエルを非難する独裁者のつまらぬ演説パフォーマンスに多くが立ち上がって拍手する場」に過ぎないと露骨に嫌悪感を示している。

 

もちろん人権理事会にも、北朝鮮調査委員会を設置するなど例外的に功績はある(14年に報告書提出)。しかし、これも北朝鮮と国境を接する中国から協力が得られず、報告書が「大変遺憾」と特記したように、実態調査に不十分な点が残った。

 

 

なぜ日本は幻想を抱ぐ

 

国連の活動や事業には元々首を傾げざるを得ない面が多々あったが、事情は悪化している。最大の権限を持つ安全保障理事会は、拒否権を握る常任理事国5ヵ国にロシアと中国が含まれ、ロシアのウクライナ侵攻非難決議すらできなかつた(ロシアが拒否権発動(中国は棄権)。

 

現在の枠組みの下で多少なりとも国連の改革は可能。ボルトン元米国連大使は、唯一の方法は運営資金の「割当拠出制」を「自発的拠出制」に改めることだという。すなわち経済力=国内総生産(GDP)=に応じて拠出金を割り当てる現在のシステムを、各国が自主的判断で「機能的な事業にのみ資金を拠出し、コストに見合った結果を求める」システムに替え、各国の判断で機能不全の事業から撤退できるようにする必要を訴える。

 

「国連も『市場テスト』に掛けようということだ。加盟国は、意義なしと判断した事業からは資金を引き揚げればよい。国連以外の事業体の方が効率的と判断すれば、そちらに資金を振り向ければよい。国連を優遇する理由はどこにもない」

 

日本では、中露が拒否権を持つこの異形の組織を特別に重視する「国連第一主義」が根強いが、まさに「国連幻想」に他ならない。国連はあくまで数ある多国間フォーラムの一つに過ぎない。むしろG7(先進7ヵ国)のような先進自由民主国家の集合体にかける比重をできる限り高めていくべきだろう。ここでは中露は拒否権どころか、参加すら許されていない。

 

「安保理常任理事国入り」を、いまだに日本の「国連第一主義者」たちは悲願とする。国連ロビー活動に相当な税金を浪費してもきた。しかし、常識的に見て実現の可能性はない。常任理事国は具体的国名が国連憲章に列挙されており、日本が加わろうとすれば憲章の改正が必要になる。

 

改正は、「総会の構成国の3分の2の多数で採択」された後、「安保理のすべての常任理事国を含む加盟国の3分の2によって批准され」ねばならない(第108条)。仮に総会で3分の2という第一の関門を突破しても、中露が国内で批准手続きを完了しない限り、日本は永遠に常任理事国となれない。

 

中露にすり寄る土下座外交を展開すれば(それ自体論外だが)、逆にアメリカの批准が得られなくなろう(上院の3分の2の賛成が必要)。どう転んでも泥沼にはまる構図である。先日、バイデン米大統領が来日時に、改めて岸田文雄首相に対し「日本の常任理事国入り支持」を表明したが、リップサービス以上のものではない。

 

 

 

■ 日本再建に尽くした安倍元首相

 

 

産経新聞正論に、江崎道郎氏の「日本再建に尽くした安倍元首相」のコラムが載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

いい政治家がまた亡くなりました。外交での功績は大ですね。

2022/07/11

 

 

日本再建に尽くした安倍元首相 評論家・江崎道朗

2022/7/11 08:00  コラム 正論

 

情報史学者・評論家 江崎道朗氏 
情報史学者・評論家 江崎道朗氏 

 

江崎 道朗(えざき みちお、1962年生まれ )は、日本の評論家、情報史学者。専門は安全保障・インテリジェンス・近現代史研究。

 

日本再建に尽くした安倍元首相

 

安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。67歳だった。さぞかし無念であったに違いない。

思えば、とくに第2次政権以降、7年8カ月にわたり、多くの成果を挙げたが、とりわけ以下の3つは銘記すべきだろう。

 

 

銘記すべき3つの成果

 

第1に、アベノミクスを推進したことだ。具体的にはデフレ脱却を掲げ日本銀行による金融緩和を進めて雇用改善に努めたことだ。

 

第2に、政権支持率が下がることを覚悟のうえ、特定秘密保護法や平和安全法制などを整備し、外交・安全保障とインテリジェンスの機能を強化したことだ。

 

第3に、国家安全保障会議(NSC)を創設して国家安全保障戦略を策定し、自由で開かれたインド太平洋構想を推進したことだ。

 

国家戦略とは、いかなる国益を守るために誰を味方にして、誰を中立とし、誰を脅威とみなすのか、日本の国益と戦略を規定したものだ。実は戦後の日本には「DIME」と言って、Diplomacy(外交)、Intelligence(情報・インテリジェンス)、Military(軍事)、Economy(経済)の4つを組み合わせた国家戦略は存在しなかった。ある意味、戦後日本は国家戦略について米国に依存してきたのだ。

 

ところが平成25年12月、第2次安倍政権は初めて日本独自の国家戦略を策定し、日本自身の主体的な判断で米国とだけでなく、豪印英加などとの防衛協力を強め、日本の国際的地位を高めようとしてきた。その意義はもっと評価されてしかるべきだ。

 

 

中国の台頭に対応せよ

 

では、なぜこうした成果を出すことができたのか。

 

21年9月に民主党政権が誕生し、その直後の10月に保守系のリーダー格だった中川昭一元経済産業相が急逝してしまう。次の保守系リーダーは誰なのか、議論が重ねられ、「再度、安倍氏に登板していただこう」となり22年2月に創生「日本」という超党派の政策集団が発足した。

 

《私たちは戦後ただの一度も憲法を改正できず、自分の国は自分で守るということも、誇りある歴史と伝統を学校教育を通じて次代の子供たちに伝えることも、公務員制度を含む行政改革も十分になし得てこなかった責任を強く自覚せざるを得ない。誇りある独立国家として復活するためには、このような「戦後レジーム」からの脱却を何としても成し遂げなければならない》―。これが創生「日本」の基本理念だった。

 

民主党政権を批判するだけでは不十分だ、豊かで強い国へと日本を立て直さなければならない。そういう思いで創生「日本」は政権構想を練り上げ、24年秋、『新しい「日本の朝」へ』という政策集を作成した。そこには、中国の脅威への備えが最優先課題であるとして次のように記された。

 

《隣国・中国の軍事的台頭による日本周辺の軍事的・外交的環境の激変。この現実を前に、日本が何らの対応もなし得なければ、日本は独立の国家たり得ないだけでなく、『誇りある国家』として存続し得ない》

 

よって安倍元首相は中国の台頭に対応すべく集団的自衛権の一部行使容認に踏み切り、日米同盟を深化させていくと共に味方を増やす、つまり日米豪印戦略対話(クアッド)を拡充し、自由で開かれたインド太平洋構想を推進するという国家戦略を打ち出したのだ。

 

 

残された課題

 

とはいえ、こうした思い切った国家戦略を推進するためには国民の支持が必要で、その支持獲得のためにも必要なのは経済成長、デフレ対策だった。政策集にもこう記されている。

 

《日本経済はバブル崩壊以降、アジア通貨危機、IT不況、9・11テロ、リーマン・ショック、東日本大震災という一連の試練に直面してきた。そのような相次ぐ困難によるものとはいえ、この間、日本経済が一定の足踏み状態を続けてきたのは事実である。その最大の原因は明らかに長引くデフレである》

 

何よりも、日本が経済成長を続けていれば、中国にこれほど後れをとることもなかったはずなのだ。そこでデフレ脱却を最優先課題に据え、金融緩和に踏み切ったわけだ。

 

もっとも、安倍元首相という〝重し〟を失った今、金融緩和を止めたり、増税したりと、間違った金融・財政政策が採用されないともかぎらない。外交・安全保障体制の拡充も、国内総生産(GDP)比2%へと防衛予算の増加が伴わなければ画餅に帰そう。

 

安倍元首相は退陣後も、伝統に基づく皇室制度の再建、北朝鮮の拉致問題、歴史戦と対外インテリジェンス機関の創設、台湾との安全保障関係の構築、そして憲法改正といった課題に精力的に取り組み、国政を牽引(けんいん)していた。これらの課題解決の動きを今回のことで失速させてはならない。

 

安倍元首相は日本再建のエンジンだったのだ。ここに心より哀悼の誠を捧(ささ)げたい。(えざき みちお)

 

 

 

■ 安倍元首相追悼、「日本取り戻す」受け継ごう

 

 

産経新聞に櫻井よしこ氏の寄稿文「安倍元首相追悼」が載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

2022年7月8日、安倍元首相が暗殺されました。世界に残る政治家でした。本当に残念ですね。

2022/07/10

 

 

安倍元首相追悼、「日本取り戻す」受け継ごう 櫻井よしこ氏

2022/7/9 22:42櫻井よしこ  政治

 

国家基本問題研究所理事長 櫻井よしこ氏 
国家基本問題研究所理事長 櫻井よしこ氏 

 

櫻井 よしこ(さくらい よしこ、1945年生まれ )は、日本の政治活動家。国家基本問題研究所理事長、言論テレビ株式会社代表取締役会長、「21世紀の日本と憲法」有識者会議代表、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表。

 

 

安倍元首相追悼、「日本取り戻す」受け継ごう

 

 

安倍晋三元首相が暗殺された。このテロを心から憎み、憤っている。対象が保守であろうが革新であろうが、テロは許さない。だが、安倍氏は暗殺された。世界情勢激変の中で国家の命運を懸けた大決断が必要な今、その任に最もふさわしいと期待されながらの悲劇である。

 

安倍氏は米国のトランプ前大統領、ロシアのプーチン大統領ら手ごわい指導者をも魅了する素晴らしい日本人だった。安倍氏は首相になるとき、「日本を取り戻す」と叫んだ。取り戻そうとしたのは日本の価値観だ。日本は元々どんな国で、なぜ大東亜戦争を戦い、敗れたのか。日本の夢と懊悩(おうのう)に満ちた近現代史を、祖父の岸信介元首相、父の晋太郎元外相らから血肉を分ける形で学び育った。戦後の占領下で日本の価値観や法制度がどのように否定され、置き換えられたかを成長過程で見聞したはずだ。日本を取り戻すと叫んだ心の奥に、こうした日本国のたどった道への理解と共鳴があったと思う。

 

だからこそ、第1次安倍政権では教育基本法の改正、国民投票法の制定、防衛庁の「省」昇格などを急いだ。戦後、日本の形を決定づけた現行憲法の改正を自らの政治使命だと誓った。第2次安倍政権では、国の守りを強化する特定秘密保護法安全保障関連法を、10ポイントも支持率を落としながら成立させた。

 

身を削って戦う姿勢は外交一でも同様だ。尖閣諸島(沖縄.県石垣市)周辺に公船を送り込む中国に対して「日本の覚悟を見誤るべきではない」「日本は戦う用意がある」と伝え続けた。北朝鮮による粒致問題は、国家としても、人間としても最重要課顧だととらえ、すべての首脳会談で拉致問題を取り上げた。「対話と圧力」から圧力に軸足を移し、北朝鮮を追い込んだ。受け身で道は開けない。天は自ら助くる者を助けると信じ、日本国の志を掲げ続けた。

 

わが国は604年の十七条憲法制定から民を大切にし、争い事の裁きでは公正さを重んじた。それから約1300年後、明治政府は十七条憲法の精神を引き継ぐ五箇条の御誓文を国是とした。民主主義の精神をわが国は外国から輸入いたのではなく、自ら育ててきたのだ。

 

日本国の歴史的事実を誇りとし、穏やかながら雄々しい文化を身につけた安倍氏だったからこそ、国際社会ではどの国の指導者にも位負けしなかった。「自由で開かれたインド太平洋」構想、日米豪印の枠組み「クアッド」、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)などの戦略も生み山し、国際社会で日本の地位をかってなく高めてくれた。

 

私たちは今こそ安倍氏の志と戦略を力強く受け継ごう。憲法改正で前進するのだ。素晴らしい指導者だった安倍氏の死を海よりも深く悼み、心からの敬意を表したい。(櫻井よしこ氏寄稿)

 

安倍晋三氏 
安倍晋三氏 

 

安倍 晋三(あべ しんぞう、1954年生まれ)は、日本の政治家。第90・96・97・98代内閣総理大臣を務めた。歴代総理大臣中通算在任日数・連続在任日数ともに最長である。位階勲等は従一位大勲位。 他に山口1区後山口4区選出の衆議院議員、自由民主党総裁、自由民主党幹事長、内閣官房長官、清和政策研究会会長、自由民主党幹事長代理、内閣官房副長官等を歴任した。

 

 

 

■ 中露に不都合な国連の機能不全

 

 

産経新聞の世界を解くに、気になる、細谷雄一氏の、中露に不都合な国連の「機能不全」が載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

国連の機能不全は大変な問題ですね。そのためには日本は何をするかは一目瞭然だが、何もしない政府は何を考えているのやら?。

2022/07/07

 

 

世界を解く・・細谷雄一 中露に不都合な国連の「機能不全」

2022/6/28 16:30宮下 日出男 国際

 

国際政治学者 細谷 雄一氏 
国際政治学者 細谷 雄一氏 

 

細谷 雄一(ほそや ゆういち、1971年生まれ)は、日本の国際政治学者。専門は、国際政治史・イギリス外交史。学位は、博士(法学)(慶應義塾大学・2000年)。慶應義塾大学法学部教授

 

 

中露に不都合な国連の「機能不全」

 

国連の「機能不全」に対する失望が深まっている。ウクライナを侵略するロシアは安全保障理事会で拒否権を行使し、非難決議案の採択を阻止した。中国はロシアとともに、弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮への制裁強化決議案を拒否権で否決に追い込んだ。2006年以来初めてだ。

 

第一次大戦後の国際連盟は米国が参加せず、常任理事国の日独伊が脱退して挫折した。今の安保理5常任理事国の拒否権は、国際社会の平和と安全を守るには大国間協調が不可欠との考えから、その特別な責任を負う代わりに認められた。

 

だが、中露は特権を利用して、国連を国益実現の道具としている。自身に制裁を科すような安保理決議をつくらせない。安保理決議のない米欧の軍事力行使は認めないとし、自らが「国連の擁護者」とのプロパガンダ(政治宣伝)に活用する。国連が「正義」を体現する組織であれば、中露は常に「正義」の側に立つことができる。

 

国連が本当に「正義」を示すには、拒否権を封じてロシアに制裁を科すことが重要だが、ロシアは特権を失えば国連を脱退する可能性もある。大国に国際機構は必ずしも必要でない。拒否権は、国連が国際連盟のように瓦解せず機能する基礎でもあるのだ。

 

大国間協調を重視する国連体制は、ナポレオン戦争後の19世紀前半、絶対王政の欧州諸国が秩序の回復・維持のために築いた「ウィーン体制」の精神を継承する。その意味で国連は「正義」より「秩序」を優先した大国主義の組織でもある。中露の加盟を重視するなら、拒否権は「必要悪」となる。

 

国連は今、「正義」と「秩序」の重大なジレンマに陥っている。その正当性と信頼が大きく傷つき、規範を支える力は衰退している。国連の危機だ。 

 

ただ、国連の権威低下で損をするのは中露だ。国連が機能しなければ、主権国家は安全を守るために自助努力をせねばならない。同盟への依存も高まる。実際、中立政策をとつてきたフィンランドとスウェーデンは北大西洋条約機構(NATO)加盟へと舵を切った。

 

 

日本の役割は「正義」の浸透

 

国連体制は実のところ、「機能しない」ことも考慮して設計された。創設前、当時のルーズベルト米大統領はソ連との協力が持続可能と想定していたが、英国はソ連との協力が難しく、国連の集団安全保障は機能しないことも想定した。その補完として国連憲章で認められたのが、個別的および集目的自衛権と地域機関設立だ。

 

この2つはその後のNATO設立の基礎となった。米国は国連の精神を損なうと集団的自衛権の容認に消極的だったが、英国はNATOにつながる地域主義構想を並行して進めてもいた。国際情勢は揺れ動く。国連と同盟を安全保障の2本柱とし、重心を大国間協調がうまくいくときは国連、うまくいかないときは同盟に置く。国連体制に組み込まれた英国のリアリズムだ。 

 

現在は国連が有効に機能する時代ではない。国際政治の潮流は今後30年ほど、同盟が中核となる。これはほとんど同盟国を持たない中露にとっては好ましくない傾向だ。NATOが強くなるほどロシアには戦略的に不利となる。日米豪印の協力枠組み「クアッド」も強化され、中国包囲網が構築されてきた。国際連盟を脱退した日本は今、NATO首脳会議にも出席し、同盟の輪を広げている。

 

世界は今後、米国主導の民主主義体制と中露の権威主義体制、南半球を中心とした途上国の「グローバルサウス」という3つに分かれていく。国際秩序の行方を左右するのは、グローバルサウスの動向だ。

 

グローバルサウスは冷戦時代に「第三世界」と呼ばれ、社会主義への共鳴が強かつた国々だ。「正義」よりも経済利益を重視し、近年は中露が連携を深めてきた一方、日米欧は十分に提携を深めなかった。

 

ただ、国連総会では対露非難決議が中露の根回しにもかかわらず、大きな賛成で採択された。棄権も予想より少なかった。やはり誰がみてもロシアの侵略行為はひどいのだ。国連総会は国連としての「正義」を一定程度、担保した。

 

米国は冷戦後、国連を軽視し、国連での指導力低下を招いたが、日本は国際社会での信頼が高い国の一つだ。史上最多の12回日となる非常任理事国に選出されたのは信頼の表れだ。国連をうまく利用すれば、「正義」を自らの側に引き寄せられる。日本の役割は同盟関係を基礎にグローバルサウスに「正義」を浸透させていくことだ。(聞き手 宮下日出男)

 

 

 

■ 君民の絆の象徴靖国神社

 

 

産経新聞の正論に、小堀 桂一郎氏のコラム「<君民の絆>の象徴・靖国神社」が載っていましたので掲載します。

 

靖国神社は一度訪れたことがありますが、日本の歴史にとっては非常に大事なところですね。

2022/07/01

 

 

<君民の絆>の象徴・靖国神社 東京大学名誉教授・小堀桂一郎

2022/6/29 08:00小堀 桂一郎 コラム 正論

 

東京大学の小堀桂一郎名誉教授 
東京大学の小堀桂一郎名誉教授 

 

小堀 桂一郎(こぼり けいいちろう、1933年生まれ)は、日本の文学者。東京大学名誉教授、明星大学名誉教授。専攻はドイツ文学、比較文学、比較文化、日本思想史。

 

御創建記念日にあたり

 

6月29日は靖国神社の御創建記念日である。周知の如くこの神社は元来明治2年にこの日付で東京招魂社として創建されたもので、当時はまだ旧暦を用ゐてゐたから新暦なら7月の末に当り、暑い盛りであつた。明治5年末の新暦採用後、旧暦の日付をそのまま新暦に移し、謂(い)はば季節的には1箇月ほど早い時期に繰り上げられた。

 

令和2年の春以来、諸種の儀式祭典での人寄せを屋外屋内共不可能にしてゐた悪質の感染症も昨今漸(ようや)く終熄(しゅうそく)の兆が見えて来た。靖国神社の崇敬奉賛活動も、青年部の人々は奉仕や教化の諸行事を再開し、7月のお盆に日取りを合せたみたま祭も今年は例年の賑はひを取りもどしてくれるであらう。

 

此を機会に御創建から今日迄(まで)の百五十余年の歳月、靖国神社が国民の内面生活に占めて来た意味の消長について更(あらた)めて考へてみた。その結果の要点を紙面の制約上、意を尽くせぬことは承知での上で、以下に切詰めて記す。

 

招魂社御創建以前の段階、明治元年夏の江戸城西大広間で斎行された幕末・維新前夜の国事殉難者の招魂の祭典での御祭文を始めとし、招魂社仮社殿が落成しての最初の祭典、中日に当る盛大な儀式で奉読された三種の祝詞(のりと)に共通して引用されてゐる重要な古典の語句がある。即ち大伴家持の作で万葉集巻18に収録されてゐる長歌に含まれた<大伴氏言立(ことだて)>である。

 

これは天平時代、聖武天皇の御代に陸奥国から黄金が献上された慶事を言祝(ことほ)ぐ長歌としてよく知られ愛誦(あいしょう)されてゐる作品なのだが、作者家持は、己の属する大伴氏一族が神代の昔から大君の御門(みかど)の守りを務めて来た誇り高き名門の家柄であると言立してゐる。

 

そしてその忠実な奉仕の覚悟の程を<海ゆかば水漬(みづ)く屍(かばね)、山ゆかば草生(む)す屍…>との千古不滅の名文句で詠ひ上げてゐる事も、万葉集に拠(よ)るまでもなく国民の誰もがよく知つてゐる話であらう。

 

 

お社と皇室との強い結びつき

 

招魂社御創建時の祝詞の中に多少の字句の異同を伴ひながらもこの名句が反復引用され、且(か)つ草創期には連年その祝詞が使用されてゐたらしい形跡は、このお社と皇室との強い結びつきを語つてゐる。その結びつきは現に例祭に勅使が参向する全国16の勅祭社の一つで、それも春秋2度の例祭に両度とも勅使の御差遣を仰ぐのは靖国神社のみといふ緊密さである。

 

この様に皇室とその譜代の忠臣との親密な関係を軸として発足した靖国神社は、明治時代に日本が経験した2つの対外戦争、殊に強大国ロシアとの大戦争を経た時には御祭神の数がそれまでの約40年間の柱数の約3倍となつた。謂つてみればこの神社の象徴する<君臣の絆>の臣の層が一挙に厚くなつた。

 

日露戦争が始まつた年の秋に働き盛りの54歳で歿(ぼっ)した小泉八雲はその絶筆となつた『神国日本』の最終章で、全く予期しなかつた日本軍の強さの根柢にあるのは、死ねば招魂社に永く名を留(とど)める事ができるといふ国民の信仰心である、との観察を記してゐる。

 

この国民の守護神信仰の熱誠は八雲の証言より三十余年の後、昭和12年夏の支那事変の発生により更に大きな試練を受ける事になる。7月の盧溝橋事件、通州事件、8月の蔣介石による対日抗戦総動員令と続く国難到来の実感に国民の緊張は高まり、次々と出征を命ぜられる兵士達の覚悟も悲愴の色彩を帯びて行つた。

 

この空気を芸術家特有の敏感を以て感得した信時潔の『海ゆかば』は、個々の局地的戦闘では日本軍の連勝であつた12年10月の作曲・発表であるにも拘(かかわ)らず、何か沈痛の気を湛(たた)へた鎮魂曲の如き響を持つてゐた。そしてこの曲の楽譜に作曲家が自筆を以て<大伴氏言立>と副題を明記してゐたといふ逸事も伝へられてゐる。

 

 

絆の健在を証示する国民の志

 

この名曲を戦時下の国民に贈る時、信時の心底に存したのは、国民共有の記憶が持つ力の源泉としての靖国神社に<君民の絆>としての強力な紐帯(ちゅうたい)の役割を期待する祈願だつた。

 

翌昭和13年1月の日支和平工作の打切声明以降、動員される兵士達は生還を期する事を望めない覚悟の下、<靖国で会はう>を合言葉として勇躍戦場に向つて行つた。靖国に祀られた暁には天皇陛下も御親拝下さる、といふのが庶民出身の兵士達には望外の栄誉であり、戦場に向ふ身にとつての最上の激励であり慰藉(いしゃ)でもあつた。

 

皇室は、兵士達との間に交されてあつた暗黙の約束を、昭和20年11月の臨時大招魂祭迄は、連年着実にお守り下さつた。然(しか)しその年12月に占領軍総司令部が神道指令を発出して、この日本国の強さの淵源である<君民の絆>を絶ち切るための宣伝工作を開始した。

 

斯(か)くて皇室の御尊崇を公けに発現し難くなると、この絆の健在を証示するのは国民の側の役割となる。この役割の交替は交渉や談合を一切必要とせぬ、阿吽(あうん)の呼吸を以て速やかに実現した。即ち昭和21年7月の民間遺族会の発案になる、現在のみたま祭の斎行である。(こぼり けいいちろう)

 

 

 

■ 日本の常任理事国入りに関門

 

 

産経新聞の、古森義久のあめりかノートに「日本の常任理事国入りに関門」が載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

こういう具体的な問題点をなぜ置き去りにして、常任理事国入りを語るのか?不思議な政府ですね。

2022/06/30

 

 

日本の常任理事国入りに関門

2022/6/27 10:00 国際米州 古森義久のあめりかノート

 

国際問題評論家 古森義久氏 
国際問題評論家 古森義久氏 

 

古森義久は、日本のジャーナリスト。麗澤大学特別教授。産経新聞ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。一般社団法人ジャパンフォワード推進機構特別アドバイザー。国際問題評論家。国際教養大学客員教授。ジョージタウン大学「ワシントン柔道クラブ」で指導経験がある柔道家。

 

 

日本の常任理事国入りに関門

 

自分ができないこと、したくないことを他人にやらせる。人間同士の関係ではこんな態度は偽善であり、不公正である。

 

日本が国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指す動きに対し、実は米国側にこうした批判が存在してきた。本気で常任理事国になりたいのなら避けて通れない関門だといえよう。

岸田文雄首相は米国のバイデン大統領が日本の常任理事国入りを支持すると表明した、と誇らしげに発表した。5月23日の日米首脳会談後の共同記者会見で、だった。「改革された安保理において」という前提条件が付いたとはいえ、岸田政権にとっては大歓迎の「バイデン大統領の支持」だった。

 

日米首脳会談を前に歓迎式典に臨む、岸田首相(左)とバイデン米大統領=5月23日午前、東京・元赤坂の迎賓館(ロイター=共同) 
日米首脳会談を前に歓迎式典に臨む、岸田首相(左)とバイデン米大統領=5月23日午前、東京・元赤坂の迎賓館(ロイター=共同) 

 

 

日本は安倍晋三政権下で、集団的自衛権の限定的行使へとかじを切ったが、米国側では長年、日本が現憲法の下で集団的自衛権行使を禁止したままでは、国連安保理に求められる任務を果たせず、常任理事国となるのは偽善だとする反対論が表明されてきた。日本が常任理事国になっても、自国にできない行動を他国に実行させることになるからだという指摘である。国連の平和維持活動、平和執行活動は軍事力の集団行使や軍事的危険を除外できない、という自明の現実への言及でもあった。

 

米側でのこの趣旨の見解で最も明確なのは1994年1月に上院が全会一致で採択した決議だった。ウイリアム・ロス議員(共和党〉とケシト・コンラツド議員(民主党)が共同で提出した決議案は以下の骨子だった。

 

(1)日本は憲法の規定により軍事行動をともなう平和維持や平和執行の活動に参加できないと宣言している。

 

(2)日本が参加できないという国際安保活動なしには国連安保理の通常の機能は果たせない

 

(3)日本が現状のまま常任理事国になった場合、普通の理事国の責任や義務も果たせない。

 

(4)日本は自国ができない国連安保理の軍事行動を決定し、他国に指示して他国の軍人を危険にさらす。   

 

(5)米国は日本が憲法上のこの制限をなくすまでは日本の国連安保理常任理事国入りを支持すべきではない

 

以上の決議の背景には当時のクリントン政権の日本の常任理事国入りへの支持の構えがあった。この2年前、宮沢喜一政権は初めて常任理事国入りに意欲を表明した。だが米議会は明確な反対を示し、日本側に憲法の規定の修正を求めたわけである。常任理事国になりたいならば、まず憲憲法の修正を、という要請だった。

 

その後も米側では同じ趣旨をロス上院議員自身が94年後半に村山富市政権の高官に、2004年には2代目ブッシュ政権のアーミテージ国務副長官が小泉純一郎政権を支える与党幹部にそれぞれ伝えた記録がある。

 

ちなみにロス議員は終戦直後に若き米軍将校として日本占領のGHQ (連合国軍総司令部) に勤務してNHKの放送改革などを進めた知日派であり、日米同盟堅持という立場から日本への友好的姿勢で知られてきた。米側のそんな人物からも日本憲法の欠陥は30年近く前から指摘されていたのである。(ワシントン駐在客員特派員)

 

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