近現代史記事紹介-1

 

■ 「脱亜論」現代と重なる情勢

 

産経新聞の「時事新報創刊140年特集」に掲載されていた、『「脱亜論」現代と重なる情勢』が気になったので、書き起こして掲載します。

 

「脱亜論」色々と考えさせる内容でした。

学校では詳しく教えてくれなかったですね。

2022/03/01

 

 

色あせない福沢ジャーナリズム

 

福沢諭吉が明治15(1882)年3月1日に「時事新報」(後に産経新聞社の合同)を創刊してから140年となった。「福沢ジャーナリズム」は何を目指し、いかなる影響を現代に与えているのか。一方福沢は明治18年に掲載した社説「脱亜論」で、アジア外交のあるべき姿も説いている。日中国交正常化から今年で50年の節目に「脱亜論」から引き出せる教訓はなにか。

 

 

福沢諭吉

天保5年12月(1835年1月)、豊前(大分県)中津藩士の家に生まれる。大阪の適塾(緒方洪庵が開いた蘭学塾)で学び、安静5年(1858)年、江戸で蘭学塾を開く(後の慶應義塾)。英語を独習し、万延元(1860)年に幕臣となり、維新後は在野で教育や言論活動に注力。「学問のすすめ」「文明論之概略」など多数の啓蒙書を著した。明治34年66歳で死去。

福沢諭吉氏
福沢諭吉氏

 

 

「脱亜論」現代と重なる情勢

慶応義塾大学総合政策学部長 加茂具樹氏 

2022/03/01 産経新聞特集 時事新報創刊140年特集より転記

 

 

示唆に富む中国との向き合い方

「脱亜論」を読んで改めて思うのは、日本の地政学的環境は変わらないということです。当時も今も大国がせめぎあう戦略環境に身を置いています。

清の国力が相対的に低下し、日本は近代化を遂げて強くなった。日本は明治維新以来、中国や朝鮮半島との関係と、米国や西欧列強との関係をいかにバランスさせるかという問題に直面していました。今は中国の国力が増大し、日米のパワーが相対的に低下しています。そういう文脈で「脱亜論」を読み返すべきではないでしようか。

 

 

願望は失望に

 

福沢は朝鮮半島の文明開化に期待し、1884年に「独立党」が起こしたクーデターが失敗した「甲申事変」に失望しました。

 

戦後の対中論も似たところがあります。対中ODAが開始された1979年に大平正芳首相(当時)は北京での演説で「世界の国々が貴国の近代化政策を祝福すべきものとして受けとめているのは、この政策に国際協調の心棒が通っており、より豊かな中国の出現がよりよき世界に繋るとの期待が持てるから」と述べています。

 

しかし、中国が経済成長とともに国際協調の道を歩み、より民主的な体制に変化するという願望は裏切られました。福沢の言葉でいえば「関係を謝絶する」という雰囲気があると思います。私はそんなに簡単に失望していいのかなと思います。福沢が示したように、粘り強く関わり続ける姿勢が重要だと思います。

 

 

福沢の論陣は

 

中国の一党体制は変わらないでしょうが、それには幅があります。中国経済の発展段階は転換期を迎え、社会は成長の速さではなく質を追求しています。  

 

今の中国指導部は多様化する社会を一元的政治に従わせて安定を維持するため、一党体制強化の道を選びました。しかし、胡錦濤前国家主席の時代のように一元的な政治を多様化する社会に適応させる考えが芽生えるかもしれませたん。将来の中国社会がどの様な体制を自らの発展に必要な体制だと考えるのか、試行錯誤は続くでしょう。

 

かつて日本社会が中国の発展の行方に単純で過剰な期待を抱いたことを教訓とし、力で現状変更しようとする中国の対外行動を警戒し、秩序を維持するための努力を怠らず、対話を通じて共通利益を見いだし、したたかに中国を利用する貪欲さが必要でしょう。

 

中国は情報通信技術を積極的に開発し、社会実装を進めていますが、日本は後れを取っています。蒸気、電信、印刷、郵便といった利器が社会に与えた影響に注目し、蒸気や電信は戦争の勝敗を決すると見抜いた福沢が今の日本をみれば、情報通信技術を活用する柔軟な発想ができていない日本を批判するでしょうね。

 

そうかといって中国のやり方を支持するとも思えません。経済を発展させ社会を豊かにするモデルとして権威主義がいいのか、民主主義がいいのかという議論が再び始まっています。福沢が現代社会に生きているのであれば、自由民主主義を維持しつつ、制度間競争の中で中国を批判する論陣を張ると思います。

 

 

揺れ動く小国

 

福沢は「脱亜論」で清と朝鮮を同一視して「古風旧慣に恋々するの情は百千年の古に異ならず」とも批判しています。当時、清は朝鮮の宗主国で、中国の租界が朝鮮にも開設されていました。大陸と朝鮮半島の関係は緊密でした。

 

朝鮮半島の平和と戦争をめぐる問題に対し、中国は決定的に大きな影響力を持っています。韓国で日本とは違う中国観が生まれてくるのは「脱亜論」の当時と同じです。大国と大国の間に挟まれた小国はどうしても揺れ動かざるを得ない。自らも大国と大国の間にあるはずの日本人が見落としがちな視点です。こうした背景を踏まえつつ、韓国を除外して地域の秩序を考えてはならないと思います。

 

慶応義塾大学総合政策学部長 加茂具樹氏 
慶応義塾大学総合政策学部長 加茂具樹氏 

 

 

関連記事

 

独り歩きした「脱亜入欧」

 

福沢諭吉は明治18(1885)年3月16日付の「時事新報」で、社説「脱亜論」を掲載した。日本は「文明開化」に背を向ける清、朝鮮と地理的に近接しているため、西欧列強から同一視される恐れがある。このため清、朝鮮の、朝鮮の開明を待たず、西欧列国と同様の姿勢で両国に臨むべきだとし、「我は心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」とした。

 

前年に挑戦の近代化を目指す「独立党」が起こしたクーデター「甲甲事変」が失敗に終わっている。福沢は独立党を支援しており、甲甲事変により朝鮮の文明開化に失望した。

 

福沢が「脱亜」を唱えたのは1回のみで、「脱亜入欧」という言葉は使っていなかった。しかし、戦後になって福沢の言葉として「脱亜入欧」が紹介され、植民地支配や日中戦争を導いたという評価が流布した。

 

戦後の政治学者、丸山真男はこうした福沢評価を否定した上で「脱亜」という表現を脱『満清政府』及び脱『儒教主義』といいかえれば、福沢の思想の意味論として、いくらかヨリ適切なものとなるであろう」と書いている。

 

日本政治外交史などが専門の北岡伸一東大名誉教授は「日本は朝鮮を独力で文明開化に導き、特殊密接な関係を作り上げたいという明治十四年以来の構想を断念したということであった」とし、「強硬外交を説いたものであると考えるのは適切ではない」とした。

 

 

 

時事新報、事項と出来事など

 

明治14年(1881):明治14年の政変勃発。福沢諭吉の問下生が官界から追放。

     福沢、自力での新聞創刊を決意

明治15:創刊。中上川彦次郎社長。発行部数1500。「帝室論」の連載を開始。

     官民調和を主張する社説で発行停止処分。1面を全面広告に。

明治22:大日本帝国憲法発布

明治23:教育勅語 第1回帝国議会召集

明治24:外国新聞の戯画を「漫画」のタイトルで初掲載

明治27:日清戦争の詳細な報道で名声高める.

明治28:三国干渉に関する報道で発行停止処分

明治29:福沢の次男、捨次郎社長に就任

明治30:ジャパンタイムズ社とともに英国ロイタ‐と独占契約

明治33:福沢が説く道徳綱領「修身要領」を紙面で発表

明治34:福沢諭吉死去66歳

明治35:日曜漫画欄で北沢楽天が連載漫画を開始

明治37:日露戦争の戦況報道で「日本一」の評価高める

明治38:大阪時事新報社を設立、『大阪時事新報』を創刊

明治39:行部数およそ5万

明治40:224ページの創刊25周年記念号発行

明治45:明治天皇崩御

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大正9年(1920):組織を株式会社化。代表取締役社長に福沢捨次郎

大正10:ワシントン軍縮会議において日英同盟破棄。

    4カ国条約締結の世界的スクープを伊藤正徳らが特報

大正12:板倉卓造取締役主筆、伊藤正徳編集次長。

    『大阪時事新報』t営業不振で独立会社に。

    関東大震災で社屋を焼失。

大正15:福沢捨次郎死去。丸の内のお堀端に新社屋竣工。

    大正天皇崩御。

 

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昭和5年(1930):大阪時事新報社、神戸新聞に買収される。

昭和7年:元鐘紡社長の武藤山治が経営担当者に。経営刷新図る。

昭和8年:前田久吉が大阪で『日本工業新聞』(現在の産経新聞)を創刊。

昭和9年:社会悪追及の長期連載「番町会を暴く」を開始。

     武藤山治、鎌倉の自邸近くで暗殺される。

昭和10:専務取締役に前日久吉を迎える

昭和11年:解散決定し終刊。題号は『東京日日新聞』に預ける

昭和16年:12月、日米開戦

昭和20年:終戦

昭和21年:『時事新報』復刊。社長兼主筆に板倉卓造就任

昭和26年:9月、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約締結

昭和30年:業経済新聞社東京本社が時‐事新報社と合同。

     東京本社発行の題号を『産経時事』に。板倉、主筆兼論説委員長に。

昭和33年:『産経時事』と大阪本社の『産業経済新聞』の題号を『産経新聞』に統一。

昭和44年:題字が『サンケイ』に改められる。

昭和63年:「サンケイ」の題字が『産経新聞』に改められる

昭和64年:1月、昭和天皇崩御

 

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平成25年(2013):6月、産経新聞創刊80年

 

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令和元年(2019):天皇陛下ご即位

令和4年:3月1日、時事新報創刊から140年

 

 

 

関連記事

 

■脱亜論(読み)だつあろん 福沢諭吉

時事新報 社説 1885年3月16日

 

 

■日本大百科全書(ニッポニカ)「脱亜論」の解説

脱亜論 だつあろん

ヨーロッパを「文明」、アジアを「未開野蛮」とみて、日本はアジア諸国との連帯は考えずに西欧近代文明を積極的に摂取し、西洋列強と同様の道を選択すべきだとする主張。「脱亜入欧」も同じ意味である。欧米列強の圧力下に開国を余儀なくされた日本は、明治維新以降、積極的な文明開化政策を採用し近代化への道を進んだが、欧米文明に対しては賛美、反発の屈折した意識をもつ一方、日本と同じ境遇にあった中国、朝鮮などアジアに対しては、同情、蔑視(べっし)の複雑な意識をもった。こうした意識のなかから、欧米列強の侵略に対し、中国、朝鮮と共同して対処すべきだとするアジア連帯論や、列強に追随せずアジア諸国とは友好を維持して日本独自の道を開くべきだとする小国主義論がおこった。しかし、維新以来の文明開化が成功したとする日本=文明国意識が高まるにつれ、アジア諸国の近代化は期待できないとみるアジア蔑視感も強くなっていった。それはとくに1882年(明治15)以後の軍備拡張、84年の清仏(しんふつ)戦争における清国の敗北、同年の甲申事変による朝鮮開化派の敗退、自由民権運動の衰退という内外情勢の急激な推移とともに国権拡張論が高まる状況のなかで強まっていった。85年3月16日には福沢諭吉(ゆきち)が『時事新報』の社説で「脱亜論」を発表し、「我国は隣国の開明を待て共に亜細亜(アジア)を興すの猶予(ゆうよ)ある可(べか)らず、寧(むし)ろ其伍(そのご)を脱して西洋の文明国と進退を共にし、(略)亜細亜東方の悪友を謝絶する」と論じた。以来、脱亜意識が国民意識をしだいにとらえ、日本人の対アジア認識をリードしていくことになる。

[松永昌三]出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

 

 

■ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「脱亜論」の解説

脱亜論 だつあろん

明治 10年代後半から始る欧米志向とアジア軽視の意識や主張をさす。福沢諭吉著『脱亜論』 (1885) は,この傾向を最もよく示している。民権運動高揚期には欧米列強に対抗するためアジア諸国との連帯が強調されていたが,民権運動の敗北と政府の近代化政策の成功によって,アジアからの離脱が主張されはじめた。日本の近代化論において,脱亜論はたえず問題とされるテーマの一つである。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 

 

 

■世界大百科事典 第2版「脱亜論」の解説

だつあろん【脱亜論】

福沢諭吉が書いた1885年3月16日の《時事新報》社説。最近この論文ないし題名を基として,脱亜主義(脱亜論)をアジア主義(興亜論)に対置し,両者を近代日本の対外論を貫く二つの主要な潮流もしくは傾向ととらえようとする見方が広がってきている。 福沢の《脱亜論》はわずか2000字余りの短文だが,簡単に紹介しにくいあいまいさがある。要約をしてみると,西洋最新の文明を基礎とした列強の勢力の世界への侵出は,阻止しえない必然性をもつ。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版

 

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■ ヤルタ密約、チャーチル英首相情報漏らす

 

 

ヤルタ密約 チャーチル英首相、ソ連対日参戦1カ月前に情報漏らす。ソ連への千島割譲、英連邦4カ国に

2018/4/17 22:51 産経新聞 国際記事 【ロンドン=岡部伸】

 

英国立公文書館で見つかった英外交電報で分かったようです。

イギリス、アメリカ、ソ連・・この3国が一番悪いということか。

2022/02/27

 

1945年2月4日、ヤルタ会談に出席した(右から)ソ連のスターリン首相、米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相(AP) 
1945年2月4日、ヤルタ会談に出席した(右から)ソ連のスターリン首相、米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相(AP) 

 

 

ソ連に対日参戦の見返りに日本領土だった南樺太と千島列島を割譲するとした「ヤルタ密約」を3巨頭の一人として署名したチャーチル英首相がソ連侵攻1カ月前の1945年7月、カナダ、オーストラリアなど英連邦4カ国首脳に密約内容を極秘に明かしていたことが、英国立公文書館で見つかった英外交電報で分かった。

 

同年2月に交わされたヤルタ密約は、ロシアがソ連時代から、日本固有の領土である北方領土の領有を主張する最有力根拠としてきたが、北方四島を含む千島列島のソ連領有に懸念を抱いたチャーチルが英連邦主要国に警戒を促したことをうかがわせる。

 

電報は1945年7月5日付。チャーチルから英自治領省(ドミニオン・オフィス)経由でカナダ、豪州、ニュージーランド、南アフリカ4カ国の首脳あてに送られた。

 

駐重慶カナダ大使が中国政府筋から得たとする「ソ連は対日参戦の見返りに、クリール(千島)、南樺太、南満州鉄道、旅順、大連を得る」との情報について、カナダのキング首相が6月27日付で照会したものにチャーチル自らが回答した。

 

電報は、ソ連の対日参戦の条件として(1)ソ連の強い影響下にあった外モンゴル(モンゴル人民共和国)の現状維持(2)南樺太の「recovery」(回復)(3)千島列島の「acquisition」(獲得)-を明記。

 

そのうえで「われわれ3人はソ連の要求が日本が敗北した後に確実に満たされるべきことを合意した」などと米英ソ3首脳の密約を説明している。

 

ヤルタ会談直後、チャーチルは、密約の流出を懸念して同年3月、英連邦諸国に伝えないように外務省に指示していた。しかし、戦後処理を話し合う同年7月17日~8月2日のポツダム会談に向けて、トルーマン米大統領らが出発する直前に、英連邦主要国に、情報提供していたことになる。

 

チャーチルは当時からアジアでの共産主義浸透をもくろむソ連を警戒しており、豪州やニュージーランドに密約を事前説明することで、降伏勧告を含む対日政策で英連邦の結束を促したとみられる。

 

また電報原本には、千島列島の獲得が記述された左部分に赤線がひかれており、千島列島の扱いについて英政府内で重要な懸案として論議された形跡を示唆している。

 

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の長谷川毅名誉教授(日露関係史)は、「英国は、日本に降伏を迫る上で、米国が主張する国体の否定(皇室解体)を和らげることを望んでいた。一方で、豪州やニュージーランドなどは過酷な和平条件を日本に要求しており、英連邦諸国をいかに説得するかの板挟みにあったのではないか」と指摘している。

 

【用語解説】ヤルタ密約

1945(昭和20)年2月4日から11日まで、クリミア半島ヤルタで米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相、ソ連のスターリン首相による連合国3カ国首脳会談が開かれた。ルーズベルトはソ連による千島列島と南樺太の領有権を認めることを条件に、スターリンに日ソ中立条約を破棄しての対日参戦を促した。ドイツ降伏後、ソ連が対日参戦することが秘密協定としてまとめられ、ドイツと中・東欧での米ソの利害を調整することで大戦後の国際秩序を規定、東西冷戦幕開けのきっかけにもなった。

 

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■ 終戦時、ソ連非道侵攻

 

 

昨年、虎ノ門ニュースで、終戦時のソ連の非道侵攻の特集が目を惹いたので、書き起こして掲載します。2021/8/10、コメンテーター:百田尚樹氏×上島嘉郎氏。

 

「ソ連の非道行為を忘るべからず」特集

 

本日、2022/2/24、ロシアがウクライナを侵攻しました。

ソ連時代も、ロシア時代も、変わらず他国への軍事侵攻をする国は、民族のなせる業なのか?

終戦時の侵攻を時系列に並べると、その非道行為がよく分かります。

2022/02/24

 

ヤルタ会談 1945年2月
ヤルタ会談 1945年2月
満州侵攻 
満州侵攻 
南樺太・千島侵攻
南樺太・千島侵攻

 

 

ソ連の非道行為を忘るべからず

 

■日ソ中立条約:1941年4月13日締結

両国の平和友好と相互不可侵。第三国との戦争の再、他方の中立維持などを定めた。

有効期間5年(1946年4月13日まで)

③1945年4月5日、ソ連はどう条約の有効期限が満了後延長しないことを通告。ただし満期までは効力を有すると確認した。

 

 

■1945年、終戦までのソ連の動き(大東亜戦争)

①8月6日:米国が広島に原爆投下

8月8日:ソ連対日宣戦布告

8月9日:米国が長崎に原爆投下

      ソ連が満州に侵攻開始

8月11日:ソ連が南樺太に侵略開始

⑤8月15日:天皇陛下による終戦の詔書

 

 

■ヤルタ会談 1945年2月

ソ連・スターリン、アメリカ・ルーズベルト、イギリス・チャーチル

ソ連が日本に参戦する見返りとして、南樺太とすべての千島列島を得る秘密協定

 

●関連記事 2018/4/17

ソ連に対日参戦の見返りに日本領土だった南樺太と千島列島を割譲するとした「ヤルタ密約」を3巨頭の一人として署名したチャーチル英首相がソ連侵攻1カ月前の1945年7月、カナダ、オーストラリアなど英連邦4カ国首脳に密約内容を極秘に明かしていたことが、英国立公文書館で見つかった英外交電報で分かった。

2018/4/17 22:51 産経新聞 国際 【ロンドン=岡部伸】

 

 

 

■ソ連の侵攻ルート図

 

 

■当時の樺太

●日露戦争後のポーツマス条約(1905年)、北緯50度より南が日本領となる。

●1945年当時、約40万人の日本人が住んでいた。

●終戦のソ連の南樺太侵攻で約5000人が犠牲となった。(民間人約4000人、軍人1000人)

 

■真岡郵便電信局事件

●電信局の電話交換手の若い女性たちは、ソ連の侵攻状況を伝えるため自ら残留を申し出て電話通信を行っていた。

●8月20日、真岡郵便電信局も被弾したため、9人の電話交換手の女性たちは青酸カリなどで自決。

●最後まで他局からの呼びかけに応ずるために、彼女たちは交換台にしがみついたまま倒れていた。

●映画「樺太1945年夏、氷雪の門」にて紹介された。

 

 

■占守島の戦い(しゅむしゅ)

●ソ連軍は8月18日、千島列島北東端の占守島に上陸

●ポツダム宣言を受諾し、武装解除を進めていた日本軍守備隊と戦闘。

●停戦協定(23日)までに日本軍約600人が死傷(死者数は約350人)。残留将校はソ連に連行抑留。

●ソ連側は公式統計では死者416人、行方不明123人、負傷1028人。しかし「支社3千人」説も。

●ソ連軍はその後、8月28~9月5日に、択捉、国後両島など北方領土をほぼ無血で占領。

 

■ロシア首相が択捉島訪問、菅政権下で初

●ロシアのミシュスチン首相は2021年7月26日、北方領土の択捉島を訪れた。ロシア首相の北方領土訪問は2019年8月、メドベージェフ前首相以来2年ぶり。昨年2020年7月に領土割譲禁止を明記したロシア改正憲法が発効してから初めて。日本政府は厳重に抗議。

 

 

 

関連雑記

 

ポツダム宣言(ポツダムせんげん、英: Potsdam Declaration)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1945年(昭和20年)7月26日にイギリス、 アメリカ、中華民国の名において日本に対して発された全13か条から成る宣言。日本への降伏要求の最終宣言(Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender)。宣言を発した各国の名をとって「米英支三国宣言」ともいう。ソビエト連邦は後から加わり追認した。

 

概要

ドイツ降伏後の1945年(昭和20年)7月17日から8月2日にかけ、ベルリン郊外ポツダムにおいて、英国、米国、ソ連の3カ国の首脳(イギリスの首相ウィンストン・チャーチルおよびクレメント・アトリー、アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマン、ソビエト連邦共産党書記長ヨシフ・スターリン)が集まり、第二次世界大戦の戦後処理について話し合われた(ポツダム会談)。

 

ポツダム宣言は、この会談の期間中、イギリスのチャーチル首相と中華民国の蔣介石国民政府主席、アメリカのトルーマン大統領の共同声明として発表されたものである。ただし宣言文の大部分はアメリカによって作成され、イギリスが若干の修正を行なったものであり、中華民国を含む他の連合国は内容に関与していない。イギリス代表として会談に出席していたチャーチル首相は当時総選挙のため帰国しており、蔣介石を含む中華民国のメンバーはそもそも会談に参加していなかったため、トルーマンが自身を含めた3人分の署名を行った(蔣介石とは無線で了承を得て署名した)。事後報告を受けたソ連は署名していない。

 

1945年(昭和20年)8月14日、日本政府は宣言の受諾を駐スイスおよびスウェーデンの日本公使館経由で連合国側に通告、このことは翌8月15日に国民に発表された(玉音放送)。9月2日、東京湾内に停泊する戦艦ミズーリの甲板で日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎および連合各国代表が、宣言の条項の誠実な履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した。これにより、宣言ははじめて外交文書として固定された。

 

 

日本の降伏のための定義および規約

(注:この口語訳はWikipedia編集者によりなされたものです)

 

1945年7月26日、ポツダムにおける宣言

 

①我々合衆国大統領、中華民国政府主席、及び英国総理大臣は、我々の数億の国民を代表し協議の上、日本国に対し戦争を終結する機会を与えることで一致した。

②3ヶ国の軍隊は増強を受け、日本に最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、日本国の抵抗が止まるまで、同国に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され且つ鼓舞される。

③世界の自由な人民に支持されたこの軍事力行使は、ナチス・ドイツに対して適用された場合にドイツとドイツ軍に完全に破壊をもたらしたことが示すように、日本と日本軍が完全に壊滅することを意味する。

④日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。

⑤我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。

⑥日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。

⑦第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。

⑧カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。

⑨日本軍は武装解除された後、各自の家庭に帰り平和・生産的に生活出来る機会を与えられる。

⑩我々の意志は日本人を民族として奴隷化し、また日本国民を滅亡させようとするものではないが、日本における捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。

⑪日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。

⑫日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。

⑬我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について日本政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅があるのみである。

 

 

 

関連記事

2022/2/24、ロシアがウクライナへ侵攻しました。

 

2014年、ロシアがウクライナ南部のクリミア自治共和国に対して行なった軍事行動以来の他国への侵攻です。

 

2021/04/30,、虎ノ門ニュース特集で、ナザレンコ・アンドリー氏が、ソ連とロシアの他国への侵略戦争の歴史を解説していましたので書き起こして掲載します。

ソ連時代もロシア時代も、この民族は変わらず他国への侵略を続けていますが、どうしてだろうか?

 

 

ソ連の侵略戦争

 

1939年・・ポーランド侵攻(ナチスドイツの味方として)

1939~1940年・・「冬戦争」(ソ連・フィンランド戦争)

1945年・・対日戦争(南樺太、北方4島への侵攻)

1950~1953年・・朝鮮戦争への介入(北朝鮮支援)

1953年・・東ベルリン蜂起の鎮圧

1956年・・ハンガリー侵攻

1957~1975年・・ベトナム戦争への介入

1968年・・チェコスロバキア侵攻

1979~1989年・・アフガン戦争

1975~1991年・・アンゴラ内戦への介入

 

 

ロシアの戦争

1992年・・トランスニストリア戦争

1992~1994年・・ナゴルノ・カラバフ戦争への介入

1994~1996年・・第一次チェチェン戦争

1999~2009年・・第二次チェチェン戦争

2008年・・ジョージア侵攻

2014年・・ウクライナ、クルミア侵攻

2015年・・シリアへの軍事介入

2022年・・ウクライナ侵攻

 

 

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■ アメリカを破壊するための45の目標

 

 

Harano Times に載っていた「アメリカを破壊するための45の目標」が目を惹いたので、書き起こして掲載します。

 

半世紀以上前からの警告、アメリカ共産化計画、まだ生きている45の目標、

 

元FBIのウィラード・クレオン・スコウセンが1958年に書いた警告書「裸の共産主義者」(The naked Communist)の内容です。アメリカの共産党が掲げていた45の目標が書かれています。

 

64年前に描かれたものですが、今でも有効と思われるすごい内容でした。

残念ながら日本もほとんどやられているという感じですね。

2022/02/19

 

アメリカを破壊するための45の目標

 

1.核戦争を回避するためには「ソ連との共存」が唯一の選択肢であると、アメリカが受け入れること。

2.アメリカが、核戦争を戦うよりもむしろ喜んで降伏の意思表示をするようになること。

3.アメリカの総合的な軍備縮小は「道徳的な強さの証しである」という幻想を作り上げること。

4.共産主義国であるか、物品が軍事利用可能であるかどうかにかかわらず、すべての国家間の自由貿易を許可すること。

5.ロシアとソ連衛星国に対する長期貸付を延長すること。

6.共産主義国であるかどうかにかかわらず、すべての国家にアメリカからの援助を提供すること。

7.共産中国を国家承認し、国連への加盟を承認すること。

8.1955年にフルシチョフと結んだ、国連の監督下における自由選挙によってドイツ問題を解決するという約束は無視し、西ドイツと東ドイツを別々の国家にしておくこと。

9.アメリカは交渉が行われている間は核実験を中断することに同意しているため、核実験禁止のための交渉を長引かせること。

10.すべてのソ連衛星国に国連の代表権を与えること。

11.国連を人類の唯一の希望だと宣伝すること。もし国連憲章を書き直す機会があれば、国連を世界で唯一武装した世界政府と定めるよう要求すること。

12.共産党を非合法化しようとするあらゆる試みに抵抗すること。

13.「忠誠の誓い」を廃止すること。

14.ロシアが米国特許庁にアクセスすることの許可を継続すること。

15.アメリカの政党の一方、または両方を乗っ取ること。

16.裁判所の法解釈による決定を利用し、市民の権利を侵害していると主張して、アメリカ人の基本的な慣習を弱体化させること。

17.教育現場を支配すること。学校を社会主義と共産主義を植え付ける「洗脳の場」とすること。カリキュラムを緩和して、学力を低下させること。教職員協会を支配下に置き、共産党の方針を教科書に盛り込むこと。

18.すべての学生新聞を支配下に置くとこ。

19・共産主義を標的にする政策や組織に対して、学生に暴動を起こさせて大衆の抗議活動を煽ること。

20・報道機関に浸透し、書籍のレビュー、社説の内容、会社の方針を決定するポストを支配下に置くこと。

21.ラジオ、テレビ、映画界の重要なポストを支配下に置くこと。

22.あらゆる芸術的表現の品位を落とすことにより、引き続きアメリカ文化の評判を傷つけること。

23.学術評論家や美術館の責任者を支配下に置くこと。我々の計画は、醜く、不快感を与え、無意味な芸術を促進することだ。

24・わいせつ行為やわいせつ物を取り締まる法律のことを「検閲」と呼び、「言論の自由の侵害」だとして、これらの法律を撤廃させること。

25.出版物、映画、ラジオ、テレビでポルノを奨励し、道徳的な文化水準を破壊すること。

26.同性愛、異常性愛、フリーセックスを「正常で、自然で、健全なもの」とみなすこと。

27.宗教界に浸透し、神の啓示に基づいた宗教を「社会的な」宗教に置き換えること。聖書の信頼性を喪失させ、宗教的支えを必要としない知的成熟の必要性を強調すること。

28.「政教分離の原則」に反していることを理由に、学校での祈りの時間や宗教的な表現を排除すること。

29.合衆国憲法を、不十分で、古臭く、現代のニーズに合わない、世界中の国家間の協調を妨げるものであるとけなすこと。

30.アメリカ建国の父たちの信用を傷つけること。彼らを一般人には無関心で利己的な支配階級だったと描写すること。

31.あらゆる種類のアメリカ文化をけなし、世界の歴史のごく一部に過ぎないという理由で、アメリカ史を教えることに反対すること。共産党による政権奪取以降のロシアの歴史により重きを置くこと。

32.精神文化のすみずみにまで中央管理体制を敷くために、教育現場、社会福祉機関、社会福祉プログラム、精神科クリニックなどにおける、あらゆる社会主義的な活動を支援すること。

33.共産党組織の運営を妨害するあらゆる法律や手続きををなくすこと。

34.米下院の「非米活動に関する委員会」をなくすこと。

35.FBIに対する信用をおとしめ、最終的には解散させること。

36.より多くの労働組合に浸透し、支配すること。

37.大企業に浸透し、支配すること。

38.逮捕権の一部を警察から社会福祉機関に移譲すること。異常行為の問題はすべて、精神科医以外には理解も治療もできない精神疾患として扱うこと。

39.精神医学の専門家を支配下に置き、共産主義の目標に反対する人々を強制管理する手段として、精神保健法を利用すること。

40.家族制度への信頼を喪失させ、フリーセックスと安易な離婚を推奨すること。

41.親の悪影響から子供を遠ざけることの必要性を強調すること。先入観、精神的閉鎖性、知的障害は、親に抑圧された影響によるものであるとすること。

42.暴力や暴動は、アメリカの伝統では正当な手段であるという印象を作り出すこと。つまり、学生や特別な利害関係集団は蜂起し、「団結力」を行使して、経済、政治、社会の問題を解決すべきである。

43.先住民が自治統治を行う準備が整う前に、すべての植民地政府を転覆させること。

44.パナマ運河を国際管理にすること。

45.国際司法機関によるアメリカの国内問題への介入を阻止できないようにするため、「カナリー留保」を無効にすること。国際司法機関の権限が、国家にも個人にも同様に及ぶようにすること。

 

著者:ウィラード・クレオン・スコウセン

 

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■ 自分で決めることの出来ぬ国 石原慎太郎

 

 

日本よ 石原慎太郎 平成11(1999)年11月8日 第一回掲載

自分で決めることの出来ぬ国

産経新聞に掲載されていましたので、その全文を書き起こして掲載します。

 

もうじき紀元二千年の大台、そして再来年は新世紀二十一世紀の始まりとあいなるわけだが、世にいうミレニアムなんぞよりも私には自分の過ごしてきた六十年余の過去の方がよほど劇的だったような気がする。中世だったら二、三百年はかかったろう変化を一生の内に味わってきたのは、人間として、多分幸せだったといえるのだろう。

 

題は「自分で決めることの出来ぬ国」。非常に的を得ている指摘でした。

この人はやはり作家(文士)ですね。

2022/02/09

 

故石原慎太郎氏
故石原慎太郎氏

戦前、戦中、戦後とは簡単にいうが、特に戦後は敗戦後のあの荒廃から復興、発展、そして高度成長の結果のある意味での頂点、そしてさらに、それからの衰退の今日。その途中に、近代と呼ばれた歴史は文明のおおきな変化とともに歴然として終わり、近代の延長ならざる、明らかに新しい文明が支配する現代の中に私はいる。

 

時間的、空間的に狭小となった世界の中で周囲の国々との関りを通じて、この国、日本はこれからどのような役割を演じ、どこに向かおうとしているのだろうか、それがどうもよくわからない。ということに、そろそろ多くの日本人がいらだち始めている。

 

トインビーはその著書「歴史の研究」の中で、すべての国家は衰退するが、その原因は必ずしも不可逆的なものではない。しかし一番致命的な要因は、国家が自己決定が出来なくなることだといっている。その証左は歴史の中に枚挙に暇がない。あの大ローマ帝国も自らの国を守るという国家にとって致命的な仕事を、外国人にまかせてしまったために、あっという間亡んでいった。

 

数年前、隣の国の中国の李鵬首相はオーストラリアの首相との会談の中で、日本などという国は二十年たったら消えてなくなっていると揚言していた。アメリカの国際政治学者ブリジンスキーは最近の論文の中で、日本は所詮アメリカのvassal(下僕)でしかないと記している。なんとも口惜しい話だが、日本の政治家なり外交官がこれに抗議したという話を一向に聞いたこともない。

 

しかし、言われてみればむべなるかなという気持ちがしないでもない、彼らから眺めると、経済の図体はいくら大きかろうと、日本という国の存在感はひどく希薄なものに違いない。

 

なぜなら、日本という国は第二次世界大戦後このかた国家としての自己主張なるものをしたことがない。主張というものの背景には必ずそれを口にすべき自らの意思決定があるはずだが、それが一向にうかがえない。だから演繹していえば、国家のいかなる戦略も在りえない。特定の友好国の意向に百パーセント従うなどという姿勢はとても戦略とはいえまい。独自の強固な戦略をかざしてそれへの同調を押しつける相手へのただただの迎合は、友好などではなしに奴属としかいいようがない。

 

そんな相手が一つではなし二つになるという事態はますます厄介で、国益の保証はますます希薄になってくる。この国の政治家ではなしに、相手の国の政治家がそれをいくら口酸く説いてくれようととても安心も得心も出来るものではない。

 

私にはどう考えてもこの国の政治家が自ら決定したとはとても思えぬ、訳のわからぬことが数えきれぬほどある。

 

水爆を開発している隣の中国に毎年一億数千万、すでにのべ三兆をこす金を用立てている、非核を悲願にしているという国、この日本。

 

アメリカが協定を結び正式に返還した領土の一部の尖閣諸島に日本人有志が折角建てた灯台を、返還後突然自国のものだと主張してはばからぬ中国に気がねして、運輸省は認知したのに、時期尚早とかで海図への正式の記載をはばかる政府。夜間遠目にも確認できる発光物を正式に記載していない海図は、航海する船舶にとってはむしろたいそう危険なものなのに。

 

ただのアメリカンスタンダードをグローバルと自称されるままに受け入れた金融市場開放なのに、アメリカの保険会社が考え出した癌保険を日本の生命保険会社も売り出そうとすると、かつての合意文書を強引に曲解してそれは許さぬとアメリカ側が主張し、大蔵省も同調して、日本人が日本の生保に癌の保険をかけられないような国。それを一向に問題ともしない国会。

 

ASEANの蔵相会議で東南アジアの国々から再度の要請によって発信する円建ての援助資金が、日本の金を使うのにアメリカの意向を汲まぬと運用出来ない仕組みの面妖さ。

 

日本の持つ唯一の力ともいえる、世界の総量の三分の一に近い潤沢な金融資産の運用に、この国の意思なるものはほとんどうかがえはしない。物を作るのが旨い日本人には貿易では稼がせても、その上がり金はアメリカのために使おうという巧みな戦略に翻弄され、低金利を押しつけられるまま日本人は利回りの低い自国の金融商品を買わずにアメリカの商品を買うように追いこまれている。

 

土台、世界一の債権国日本の経済は振るわず、世界一の債務国のアメリカが今までにぎわってきたという理の通らぬ現象に日本人もそろそろ首を傾げるようになっていいのではないだろうか。

 

せめて自分で苦労し稼いだ金くらい周囲のために、自分の意志で決めて使う国になりたい、と私は思うのだが。

 

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■ 日本よ 特別版 石原慎太郎の提言

 

 

2022年2月1日に、石原慎太郎氏が89歳で逝去されました。

 

平成29年5月3日の憲法記念日に書かれた「日本よ 特別版」が、産経新聞に掲載されていましたので、その全文を掲載します。

石原慎太郎 日本よ 2017/5/3 

 

白洲次郎が明かした「吉田茂の最大の間違い」とは? 

あてがいぶちにすぎぬ憲法を考え直す季節が到来している。

 

日本国憲法に関する記述ですが、非常に参考になる内容でした。

2022/02/02

 

石原慎太郎氏 
石原慎太郎氏 

今ようやくその改正を問われている日本国憲法の生い立ちについて、大方の国民が忘れていると言うより迂闊に知らずにいる歴史的事実があることをこの今こそ思い起こすべきと思われる。それは共に同盟国として敗戦し連合国に降伏したドイツと日本の敗戦に際しての姿勢の決定的な違いについてだ。未曽有の新兵器原爆によって瞬時に二度も数十万の市民を殺戮されて腰を抜かした日本が無条件降伏をしたのに比べて、ドイツは降伏に際してあくまでも三つの条件をつけ、それが受け入れられぬ限り徹底して戦うと主張した。

 

その三つの条件とは第一に、敗戦の後の国家の基本法の憲法はあくまでドイツ人自身の手によって作る。第二は戦後の子弟の教育指針はドイツ人自身が決める。第三はたとえ数はごく少なくとも国軍は残すというものだった。

 

この国家民族の主体性を踏まえた主張は勝者の連合国側にも受け入れられ、ドイツは他国による完全支配を免れた。それに比べ日本は他国による奴隷的な支配の甘受を許容することになった。その国家民族の没個性的な状況を象徴するのが現憲法に他ならない。

 

混迷し、暗黒だった中世が終わった後の世界の歴史は白人による有色人種への一方的支配だったが、唯一の歴史的例外は日本という国家の存在だった。白人による他地域への支配を象徴する強大な帝国海軍を保有した有色人種の国家は唯一日本であり、世界一巨大で強力な戦艦『大和』や『武蔵』を保有するに至った日本は白人支配に対する歴史的『NO』を示す目障りな存在だった。アメリカによる戦後の日本支配はその復活を半永久的に封じるためのものに他ならなかった。それを象徴するものが彼等が即製し強引にあてがった現憲法に他ならない。

 

白洲氏「吉田茂の最大の間違い」

今は亡き江藤淳がアメリカの戦後日本における言論統制を痛烈に批判した論文『閉ざされた言語空間』にあったように日本人の正統な日本語による為政者への統制批判を封じるものの象徴的存在は、間違った日本語で綴られた前文に始まる憲法に他ならない。かつてシェイクスピアを全訳もした優れた英文学者でもあった福田恆存が指摘していたように憲法の前文には明らかに慣用の日本語としては間違いの助詞が数多くある。たかが助詞と言うなかれ、一つの助詞は言語の本質からしてそれ一字だけで文章全体の品格を左右しかねないものなのだ。

 

文章の芯たる助詞の誤訳

かつてドナルド・キーン氏であったろうか、昔の優れた叙景歌人だった永福門院の名歌『真萩散る庭の秋風身にしみて夕日の影ぞ壁に消え行く』を翻訳して見せられた時、なるほどと感心して読みなおした私に、「でもあそこの一字だけはとても難しくて、英語に訳すのはまず無理ですねえ」と慨嘆してみせ、私も「あれは難しいでしょうな」と相槌を打ったものだが、ここの禅問答みたいな会話の芯は夕日の影ぞの、「ぞ」という間投詞の味わいなのだ。この歌は夕日の影「も」でも成り立つが「ぞ」という助詞一字の味わいがなくしては帝の寵を失った女の悲しみは伝わってこない。それほど助詞というものは文章を支える芯の芯にも値するものなのだ。しかしアメリカ人が英語で即製して日本語に翻訳した憲法にはわれわれが日常使う日本語としてはなりたたないような助詞の誤訳が随所にある。

 

例えば多くの問題を含む九条を導き出すための前文『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した』という文言の「公正と信義に信頼して」の一行の助詞の『に』だがこれは日本語としての慣用からすればあくまで『を』でなくてはならず誰かに高額の金を貸す時に君に信頼して貸そうとは言わず君を信頼してのはずだろう。さらに後段の『全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ』云々の『から』なる助詞は『から』ではなしに慣用としては恐怖『を』免れのはずだが英語の原文の前置詞がFROMとなっているために『から』とされたに違いない。

 

たかだか僅かな助詞の話ではないかと言う筋も多かろうが正統な国家の正統な基本法はあくまで正統な国語で綴られるべきであって、この日本語の体をなしていない前文なる文章は、悪さをなして先生にひどく叱られ恐縮してひたすらにお詫びする生徒の卑屈な姿勢を象徴しているといわざるを得ない。日本がひきおこした太平洋戦争についてナセルとスカルノは期せずして同じことを述懐していたものだった。曰くに『われわれが独立を果たすことができたのは、敗れはしたが日本が白人とあれだけ戦ったという事実のおかげだ』と。日本という有色人種による軍事国家の誕生が中世以来の白人支配という歴史の原理を変えたことは間違いない。それは歴史の本流を歩んできた白人たちにとって看過できぬことだったに違いない。そうした歴史観に立ったかつての為政者によって現憲法が一方的に作り与えられたことは間違いない。われわれが拝領させられた憲法の歴史的な背景を考えれば民族の主体性が及んだ痕跡などどこにもありはしない。

 

読み直し考え直す季節だ

私は幸いにしてごく若く世の中に出られたおかげで当時まだ存在していた文壇なるものにも顔が出せ、さまざまな行事を通じて多くの先人たちとまみえることができたが小林秀雄と親交のあった白洲次郎氏ともゴルフの会などで親しく話す機会も得た。そんな会話の中で印象的だったのはかつて吉田茂総理の側近中のだれにもまして側近だった白洲氏が、「吉田茂の犯した最大の間違いは自分も同行していったサンフランシスコの日本の独立がみとめられた講和条約の国際会議でアメリカ制の憲法の破棄を宣言しなかったことだ」と言ったのは極めて印象的だった。

 

この現世紀にいたって日本を囲む諸状況は緊張を増し新しい危機の到来が予感される今日だが、はたしてわれわれは今の憲法を墨守しそれを与えたかつての支配者にすべてを委ねることで国家民族の主体性を保持できるのだろうか。『天は自ら助くる者をのみ助く』という人の世の原理をわれわれは今ようやく憲法を見直すことで思い起こすべきではなかろうか。

 

現憲法にはその成立の過程を含めて日本という国家の主体性を疑われる節が多々あることは否めない。だけではなしに官僚支配という民主国家としての体質を損ないかねぬ条項がいくつかあるのだ。例えば予算を通じて官僚が国民を欺きかねぬ事態を保証している国の会計監査に関する第九十条は『国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し』とある。役人が役人たちの税金に関する所行を検査してその矛盾を厳しく指摘するなどということは考えられまい。そのせいで今もってこの日本だけは国家の会計制度は先進国の中でいまだに非発生主義の単式簿記という体たらくで、特別会計制度なる利権の巣窟が温存されつづけているし、まさに藪の中の体たらくで役人天国の温存にもなりかねまい。それらこれらも含めてわれわれはようやく本気であてがいぶちでしかなかった憲法を、われわれの子孫の繁栄のためにも、自分の目で読み直し考え直す季節が到来しているにちがいない。

 

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■ 米歴史学者ロバート・ヒックス博士の演説

 

 

日米開戦の責任は? 日米開戦の真相 

 

米歴史学者ロバート・ヒックス博士の演説

Harano Timesに目を惹く動画が載っていましたので、書き起こして掲載します。

2012年オーストリア学派経済学サミットでの演説。

米歴史学者ロバート・ヒックス博士 77才

 

非常にいい内容でした。

2022/01/08

 

米歴史学者ロバート・ヒックス博士 
米歴史学者ロバート・ヒックス博士 

 

ロバート・ヒッグス(1944年2月1日生まれ)は、アメリカ経済の歴史やエコノミストから材料を組み合わせる公共選択、新制度派経済学、および経済学のオーストリア学派。そして、彼自身を、政治的および法的な理論と公共政策[明確化が必要]において「リバタリアンアナキスト」と表現している。経済学と経済史における彼の著作は、ほとんどの場合、政府の権力と成長の原因、手段、および影響に焦点を当てています。

分野:経済史、政治経済学、天然資源経済学、医療経済学、軍事経済学

 

日米開戦の責任は? 日米開戦の真相

 

12月7日の日本による攻撃のおかげで、宣戦布告にまでこぎつけることができた。

真珠湾攻撃は、長きに渡る一連の事象の結果と考えれば、すべて説明がつく。

 

多くの人は、形式的なことに惑わされています。

 

例えば、「1941年12月にアメリカが宣戦布告するまで、アメリカはドイツや日本と戦争していなかった」と思い込んでいます。

実際には、宣戦布告する前からアメリカはずっと戦争をしていたのです。

その戦争遂行は、さまざまな形で行われました。

 

例えば、米海軍は、イギリスへの主要な航路である北大西洋上で、英艦船とともに、いわゆる「警告なし攻撃」を行っていました。ドイツのUボートは米艦への攻撃を控えるよう命令されており、実際控えていたにもかかわらずです。米英は、情報の共有、兵器の共同開発、軍備の合同訓練、戦争に関するその他の協力の取り決めをしていました。米軍はドイツ軍に対する戦闘行為において英軍と積極的に協力し、例えば、ドイツ軍の戦闘機や潜水艦の目撃情報を英海軍に知らせ、英軍がそれらを攻撃していました。

 

アメリカ政府は、ドイツ軍と戦っていた英・仏・ソ連に対して、数え切れないほどの方法で、軍事物資などの提供や援助を行っていました。また、日本と戦っていた中国にも、軍用機やパイロットをはじめとする軍事物資の提供や援助を行っていました。米軍は、英国・英連邦諸国・オランダ領東インドと共に、将来の対日本共同作戦計画を積極的に練っていました。

 

最も重要なことは、アメリカ政府が一連の厳しい経済戦争を展開し、日本を苦境に追い込んだことです。

米・英・蘭に禁輸された主要原料を確保するために、日本が太平洋地域の米領や米軍への攻撃を強いられることはよくわかっていました。

 

作家のジョージ・ビクターの文章を紹介したいと思います。

ちなみに、ジョージ・ビクターは決して「反ルーズベルト」ではなく、その逆です。彼はルーズベルトを非常に尊敬し、ルーズベルトがアメリカを戦争に巻き込むためにとった行動も全面的に支持しています。そのため、私は彼を「信頼できる情報ソース」と考えています。もちろん、彼は私の研究のために書き残したわけではありませんが、「Pearl Harbor Myth」という素晴らしい本を書いており、その内容には偽りがなく、価値の高い資料です。ジョージ・ビクターの著書から抜粋した長い文章を読み上げます。

 

ルーズベルトは、1941年春にはすでにアメリカをドイツとの戦争に導き、小規模の銃撃戦を発生させていた。それ以降、彼は徐々に米軍の関与を増やしていった。12月7日の日本による攻撃のおかげで、宣戦布告にまでこぎつけることができた。真珠湾攻撃は、長きに渡る一連の事象の結果と考えれば、すべて説明がつく。米国は、1941年春のフランス陥落後に策定された戦略に沿って仕事をした。しかしその戦略は、ルーズベルトや彼のブレーンにとって、むしろドイツの対米宣戦布告を正当化してしまい、望まざる結果を招くように思えてきた。ルーズベルトは駐仏大使ウィリアム・ブリッドに「アメリカの対独参戦は確実だがそのきっかけを与えてくれる時まで待つ」と伝えた。敵が先に発砲したという既成事実を作ることが、ルーズベルトの戦略の一貫したテーマだったからだ。

日本の方がドイツよりも米国に対する大規模な攻撃を誘発しやすいことがわかったので、結果的には彼は正しい結論を導き出したようだ。もう少し引用は続きます。

 

米国が挑発していないのに日本が米国を攻撃するという展開は、出来すぎたシナリオだったが、米国民は、日本が米国の反日政策に反発して戦争を起こすことを米国政府が期待していたとは知らなかったので、うまくいった。そして、1941年7月から実行に移された。

 

アメリカと戦争をすれば負けること、そしてそれが悲惨なものであることを予期していたので、日本の指導者たちが必死になって交渉していたことは、ほとんどの歴史家が以前から認めている。一方、ルーズベルトとハルが執拗に交渉を拒否していた証拠も出てきている。日本は数々の妥協と譲歩を提示したが、アメリカはそれに対してさらに要求を強めていった。「この交渉が決裂すればもう戦争しかない」と日本政府が閣議決定したことを知ったルーズベルトは、交渉の打ち切りを決めた。ビドル合衆国司法長官によると、ルーズベルトは、太平洋地域での事変をきっかけにしてアメリカが欧州諸国の戦争に参加することを望んでいた。ジョージ・ビクターの引用は以上です。

 

これらの事実以外にも数々の事実が確認されていますが、ほとんど新しいものではありません。多くは1940年代から一般公開されてきたものです。

 

1953年頃にはすでに、歴史家ハリー・エルマー・バーンズが1930年代後半から1940年前半にかけてのアメリカの外交政策について膨大な資料をもとに編集した文献を誰でも読むことができ、第二次世界大戦参戦におけるアメリカの責任をさまざまな側面から示しています。つまり、ルーズベルト政権は自国を戦争に巻き込み、遅かれ早かれ参戦できるように、さまざまな手段を使って狡猾に動いていたことがわかります。願わくは、米国が侵略者の一方的な攻撃の犠牲になったように見せかけて、世論を戦争に巻き込む形でヘンリー・スチムソン陸軍長官が戦後証言したように「我々には日本による明白な先制攻撃が必要だった」のです。

 

しかし、この戦争から70年経った現在、このような歴史を知るアメリカ人は1000人に1人、いや1万人に1人もいないでしょう。あまりに巧妙にルーズベルト、アメリカ、第二次世界大戦が美化されてきたため、「アメリカは『善良なる戦争』に参戦した」という考えが、教育界や弁論界を完全に支配してきたのです。

 

ここで、今まで述べたことの背景と、いくつかの追加事項を説明したいと思います。

19世紀後半、日本の経済は急速に成長し、工業化が進みました。日本には天然資源がほとんどないため、急成長していた産業の多くは、以下のような資源に頼らざるを得ませんでした。鉄鉱石、鉄くず、すず、銅、ボーサイト、ゴム、石油などの輸入原料です。アメリカや欧米諸国の植民地であった東南アジアから原料を輸入できなくなれば、日本の産業経済は立ち行かなくなる状況でした。国際貿易を行うことで、日本は1941年までに比較的高度な産業経済を構築していました。ますます強力になる陸軍と海軍を支えるためのコンビナートも建設されました。これらの軍備によって、日本は朝鮮半島や中国北部など太平洋や東アジアのさまざまな地域に勢力を拡大することができました。これは、アメリカが増大する工業力を利用して軍備を整え、カリブ海や中南米、さらにはフィリピン諸島にまで勢力を拡大したのと同様です。

 

1933年にはフランクリン・ルーズベルトが大統領になり、米政府は、日本人を嫌い中国人にロマンチックな愛情を抱く男の支配下に置かれました。ルーズベルトの祖先が中国貿易で財を成したからだ、と推測する作家もいます。ルーズベルトは、ドイツ人全般、特にアドルフ・ヒトラーを嫌い、個人的にも外交的にも親イギリスの傾向がありました。しかし、ルーズベルトは、1937年にニューディール政策が頓挫するまで、外交政策にはほとんど関心を示しませんでした。その後、前例のない3期目の再選を目指すなど、政治的野心を満たすために外交政策に大きく依存し始めます。

 

1930年代後半、ドイツが再軍備と領土拡大を積極的に求め始めると、ルーズベルト政権は英・仏と緊密に協力し、ドイツの膨張に対抗する方策を講じました。1939年に第二次世界大戦が始まると、アメリカの援助はますます増大し、「取引」という大義名分で膨大な軍需物資を供給しました。アメリカの参戦を目前にして、英米の軍部は密かに共同作戦の計画を立てていました。米軍は、英海軍と協力して北大西洋でドイツのUボートを挑発することで、戦争を正当化できる事件を起こそうとしました。しかし、ヒトラーはその餌に食いつきませんでした。このため、ルーズベルトは、アメリカの大多数が反対しているアメリカの本格参戦を実現するための口実を失ってしまいました。

 

1940年6月、タフト政権下で陸軍長官、フーバー政権下で国務長官を務めたヘンリー・スティムソンが再び陸軍長官に就任しました。スティムソン長官は、親英的なアメリカ北東部の名士であり、日本人の友人ではありませんでした。中国に対する「解放政策」を支持し、日本のアジア進出を妨害するために経済制裁を行うことを支持しました。ヘンリー・モーゲンソー財務長官とハロルド・イケス内務大臣も、この政策を積極的に支持しました。ルーズベルトは、制裁によって日本が米国に対して戦争を仕掛けるという軽率な間違いを犯し、同盟国ドイツも巻き込むことを期待していました。ルーズベルト政権は、日本が外交的に申し出てきた関係改善を冷たくしりぞける一方で、日本に対してますます厳しい経済政策を課していきました。

 

1939年、アメリカは日本との通商条約を一方的に打ち切りました。1940年7月2日、ルーズベルトは「輸出管理法」に署名し、国防関連物資の輸出管理を強化しました。この法律により、7月31日、航空燃料、潤滑油、第一重溶解鉄、鉄くずの輸出が制限されました。ルーズベルトは、日本を狙い打ちする目的で、10月16日からイギリスと西半球諸国を除き、鉄くずと鉄鋼の輸出を全面禁止にしました。さらに1941年7月26日、ルーズベルトは在米日系人の資産を凍結しました。こうして、日米の通商関係は実質的に消滅しました。その1週間後、ルーズベルトは、当時まだ日本が輸入することができていた種類の石油も輸出禁止にしました。イギリスとオランダもこれに続き、東南アジアにある植民地から日本への輸出を禁止しました。

 

ルーズベルトと部下たちは、自分たちが日本をどうしようもない状況に追い込んでいること、日本政府が戦争によってこの締め付けから逃れようとする可能性があることを知っていました。日本の外交暗号は解読されていたので、アメリカの指導者たちは、豊田外相が7月31日に野村駐米大使に伝達した内容などを知っていました。そのメッセージの一部を紹介します。

 

「英米を中心とする第三国と日本との間の通商関係は極度に逼迫してきており、もうこれ以上耐えられない。したがって、我が帝国はその命を守るために、南洋の原料を確保するための措置を講じなければならない」。

 

これは1941年7月末にアメリカの指導者たちが実際に目を通した通信文で、彼らは日本が置かれている状況を完全に理解していました。アメリカの暗号学者は、日本の海軍暗号も解読していたので、アメリカの指導者たちは日本の攻撃が真珠湾を含むことを知っていました。しかし、攻撃を回避したり、防御の準備ができる立場にあったハワイの司令官にはこの重要な情報を伝えなかったのです。

ルーズベルトとその首脳陣が警告を発しなかったのも当然です。差し迫った攻撃は、まさに彼らが長い間求めていたものだったからです。

 

スティムソンは1941年11月25日の戦争閣僚会議の後、自身の日記に本音を書いています。

「問題は、われわれ自身をあまり危険にさらさずに、いかにして彼らを操り最初の一発を撃たせるか、だった」。

 

真珠湾攻撃が起きた後には、スティムソンはこう告白しています。

「私の最初の感情は、危機が国民を団結させるような形で訪れてくれたという安堵感だった」。

ありがとうございました。

 

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■ 麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン氏の提言

 

 

産経新聞に載っていた、麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン氏の記事が目を惹いたので、まとめました。

 

「白船」襲来と日本国政の危機に

麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン 産経新聞正論より

2022/01/10 

 

沖縄県・尖閣諸島周辺には、中国海警局船が連日侵入している(仲間均氏撮影) 
沖縄県・尖閣諸島周辺には、中国海警局船が連日侵入している(仲間均氏撮影) 

 

 

ある日突然、日本列島の沖に外国籍の船が現れる。お互いの平和と繁栄のために来ている、とその外国の指導者が船の動きを説明する。が、威嚇の様子が一目瞭然。お互いの平和どころか、西太平洋で新秩序を実現することが目的ではないか。ほら、一つ一つ、周りの国々がその船の持ち主である外国の属国になっている。

 

だが、長年平和ボケしている日本の政府が対応に迷う。今まで通りやればなんとかなる、と日本の官僚層がエンドレスに、たらい回しにする。日本は果たして間に合うのか。独立を守れるのか。不安が漂う。先が見えない。

 

これを読んで幕末、米国のペリー提督が率いた黒船が来航した1853年ごろの歴史を思い出す方が多くおられるかもしれないが、現在進行形で起きている現実だ。

 

■幕末ならぬ目の前の国難

2022年の今、日本を威嚇する外国籍の船は、中国海警法の下で法執行機関を装い武装した「第2の海軍」ともされる海警船で、合衆国の黒船ならぬ「白船」だ。

 

中国が日本にもたらしているのは、平和、繁栄などではなくて、西太平洋、それから全世界の「新秩序」にほかならない。

 

昨年12月、元米国陸軍中佐で私の友人でもあるサルギス・サンガーリ氏が、日本の国会議員ら関係者に、安全保障問題で警鐘を鳴らした。同氏は中東問題などを注視するシンクタンクの創立者、経営者として活躍している。

 

サンガーリ氏によると、今日が1853年の再来だ。中国の台頭は、米国の台頭と同様で、世界を揺るがす出来事だ。日本政府が「今まで通り」で対応できる問題ではない、と。

 

同氏の発表の中では、もう一つ耳を傾けることがある。それは、米側が日本に対して「新植民地主義」の態度をとっている、という指摘と批判だ

 

■不健康な依存関係憂える

「新植民地主義」とは何を指すのか。つまり米国は、戦後解体された大日本帝国の本土で米国風帝国主義を展開した、との指摘だ。

 

自分の国を守ろうともしない日本政治家は、おかしい。原因は、この新植民地の意識にあるのではないか。確かに、あと3年ほどで、戦後体制80周年という祝うべきではない記念日が回ってくる。非常に残念なことに、米国の「新植民地主義」が日本の政治家の常識として定着してしまった。サンガーリ氏が憂えるのはこの不健康な依存関係だと思う。

 

中国に立ち向かう以前に、日本の政治家がいわゆる「ジェノサイド・オリンピック」の外交的ボイコットさえ躊躇(ちゅうちょ)し、日本政府が「新植民地主義」の下で主権も、国家という概念すらも手放したようだ。

 

米国がつくった問題だから自業自得ともいえるが、戦後80年近くを経て、もはや米国のせいにはできない。戦後体制という呪縛を解くのはもう、日本人自身だ。中国の一部になっても平気と言うのだろうか。

 

やはり、「戦後体制」というフレーズにも見える、近現代史の複雑な遺産があって、中国に遠慮しているのが分かる。しかし、近現代史を的確に理解しよう。歴史の苦い皮肉の一つとして、日本国が周りの国々の独立を確保するために、自分が独立を失って外国の帝国の支配下に入った。まさに複雑な歴史だ。

 

でも近現代史だけが日本の運命を決めるわけではない。戦争、それから戦後体制が日本の全てではない。例えばもっと長い歴史の目でみれば、日本が外国の帝国の支配下に入っていることが極めて異常な状態だとわかる。

 

■中国共産党の悪夢見ぬため

英国の歴史家、アーノルド・トインビーが1930~50年代に書いた『歴史の研究』の中で日本文明の個性を認めた。米国の政治学者、サミュエル・ハンティントンも、1996年に刊行した『文明の衝突』の中で、日本の文明的個性を強調した。どこの帝国にも付属しない、歴史的独立性や文化的個性に満ちている文明の大国、日本について。

 

もしこの歴史の流れがようやくきちんと理解されるなら、日本がこれから何をすべきか明らかだろう。新植民地の身分証明書でもある米国製の憲法を見直して、自衛隊の存在を憲法で軍隊として明記し、その力を強め、中国に対する準備を万全にすることだ。

 

トインビー博士は、日本が西洋帝国主義に対する結局の勝利を高く評価したのに、日本人がその功績を否定していることが、世界を危険に晒(さら)す要因になっている。

 

中国共産党が日本、さらに全世界に押し付けようとしている悪夢の「新秩序」を砕くまでの道は、文明の国・日本が、かつて西洋の帝国からアジアの国々を守るために失った独立を取り戻し、米国の新植民地から脱却することだ。

 

そうしない限り、次世代が日本という国を受け継ぐことができなくなり、日本国が中国共産党の支配下に入りかねない。

 

麗澤大学ジェイソン・モーガン准教授 
麗澤大学ジェイソン・モーガン准教授 

 

ジェイソン・モーガンは、麗澤大学 国際学部 准教授。 1977年生まれ。 アメリカ合衆国ルイジアナ州出身。 専門は日本史、法社会学史。

 

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■ シヴァ・アヤドゥライ博士のプレゼン

 

 

Hrano Times に気になるプレゼンが載っていたので、書き起こして掲載します。

 

「無から莫大な富を生み出す方法」・・IPCCパリ協定のカラクリ

2018年、シヴァ・アヤドゥライ博士のプレゼン

 

トランプ大統領パリ協定脱退に絡み、非常に気になる内容でした。

2021/12/28

 

シヴァ・アヤドゥライ博士 
シヴァ・アヤドゥライ博士 

 

シヴァ・アヤドゥライ博士はインド出身、システム科学者、エンジニア、発明家、起業家、教育者MIT博士。

 

 

「無から莫大な富を生み出す方法」・・IPCCパリ協定のカラクリ 

 

トランプはこのカラクリを理解していたので、退場したかったのだと思います。

 

IPCCという金融マフィアたちは、10兆円もの資金を流すために、アメリカの議会と税金を道具として使ったのです。つまり、パリ協定に参加すれば、私たちはこの連中にお金を払うことになるのです。

 

こんにちは、ドクター・シヴァです。私はマサチューセッツ州でエリザベス・ウオーレンに対抗して合衆国上院議員に立候補しています。

 

トランプ大統領がパリ協定から離脱することがなぜ正しかったのか、予告通り解説したいと思います。

これから行うプレゼンテーションは、非常に客観的なものです。

パリ協定を支持している多くの人々に対し、「なぜこの協定に参加する必要があったのですか? 1つでもメリットを挙げられますか?」と質問しても、まともに答えられる人はいません。

誰かが合理的にメリットを説明しているのを私は一度も聞いたことがありません。

 

その理由を手短に説明しましょう。誰でも簡単に理解できます。

「なぜトランプが協定から手を引くことが重要だったのか?」

「なぜ環境汚染を放置する国際的談合を支持しようとしていたのか?」

さらに重要なのは、「我々全員、つまり大企業、多くの中小企業、そしてすべての消費者に炭素税を課す仕組み」を理解することです。

 

非常にシンプルに説明します。皆さんの理解の役に立てたらと思います。もし質問があれば、ライブ配信中にコメントください。

まず最初に、非常に基本的なことを説明します。

 

この円の中には、たくさんの企業が集まっていると考えて下さい。世界中のあらゆる企業です。そして、これらの企業はさまざまなものを生産しています。ここでは、典型的な製造業者を想定しましょう。

物資や原材料を調達し、加工し、そこからの製品が生まれ、通常は消費者の手に渡ります。

ここにはたくさんの消費者がいます。皆さんや私のような消費者です。私たちは製品を購入し、いくらかの金額を支払います。

さて、これらの製造業者の多くは、製造工程で炭素やCO2を環境中に排出しています。これをざっくり「汚染」と呼ぶことにします。このCO2排出のことを「汚染」と呼びます。(話を分かりやすくするため)

大気中に排出される温室効果ガスのことです。

 

ここまでは、パリ協定以前の話です。現在行われていることです。

繰り返しますが、企業は材料を仕入れ、製品を作り、私たちはそれを買い、代金を支払います。

これらの企業は「汚染」し続けます。

 

では、パリ協定以後、何が変わるのでしょう?

パリ協定が目標設定している重要な年、2030年まで時間を進めましょう。

ここで何が起こるでしょう?

 

同じように円の中に企業群を描いて、年を2030年とします。

では、2030年に何が起こるか?

 

これらの企業はまだ存在しています。当然、彼らはビジネスを営んでいます。先ほどと同じように、彼らは消費者である私たちに向けて製品を作っています。ここに皆さんや私がいます。そして。消費者はこれらの製品に代金を支払います。

しかしながら、企業はあいかわらず「汚染」を続けています。数字で説明しましょう。実際には、「汚染」は大幅に増えるのです。ここで、非常に奇妙なことが発生します。

 

「汚染」している企業は、ある組織にお金を払わなければならないのです。

「IPCC」と呼ばれる組織です。

この組織は、アル・ゴア、ブッシュ家の人々、商品先物市場関係者、グローバルエリート、自称「科学者」たちによって構成されています。

 

お金は彼らの手元に入ります。

そしてこの組織は、「炭素クレジット」なるものを発行します。これを買えば、企業は「汚染」を続けることが許されるのです。

 

「汚染」を続けるためには、この組織に炭素クレジットを発行してもらい、手数料を支払わなければならないという仕組みです。

さらに奇妙なことがあります。この炭素クレジットは、世界の商品先物市場で売買されます。

これによって、この組織は何千億円どころか、何百兆円もの富を生み出すことができるのです。

つまり炭素クレジットは、この組織が「汚染」を行う企業に対して金を請求する手段として生み出されたのです。そして、この組織は何百兆円も何千兆円儲ける可能性があるのです。

 

なんでこんなことになったのでしょうか?

パリ協定とは何だったのでしょうか?

この組織のフロントはアル・ゴアで、ある時点において、彼は大量の炭素クレジットを独占的に入手しました。彼の「給料日」は、世界の企業に強制的に炭素クレジットを購入させる2030年です。

 

そして、IPCCの広報役となっているのが、私が「PRマシン」と呼ぶ「パリ協定」なのです。

パリ協定は、まさに彼らの「PRエンジン」となり、「皆が参加しなければならない」とこれを推進しました。

 

そしてアメリカは、ここに旗がありますが、IPCCによって無理やり引きずり込まれたのです。これは民主党の支配階層や共和党の支配階層も含まれていて、彼らはアメリカ政府に「グリーンファンド」なるものを設立すべきと言っています。このグリーンファンドの招待について説明します。

 

アメリカはこのグリーンファンドに約10兆円を投入することになっていました。

では、この10兆円は何のためでしょう?

当初、「汚染」を行っている国々は協定にかかわりたくありませんでした。パリ協定なんかに参加したくなかったのです。なぜでしょう?IPCCに金を払わなければならないからです。

 

ではどうしたら彼らを参加させられるでしょうか?

そこで、それぞれの国のインフルエンサーを利用することにしました。例えば、インド、中国など、190カ国以上の国々をリストアップします。それぞれの国にはインフルエンサー、いわゆるアドバイザーが存在します。この10兆円というお金は、さまざまなNGOを経由して彼らに支払われるのです。

 

実際に、「パリ協定に参加すれば彼らが報酬を受け取る」という合意が交わされています。彼らの関与が明るみになったのは、Wikileaksが合意文書の一部を公開したからです。

 

インドの重要なアドバイザーの一人であるジェイラム・ラメシュは、元々「氷河は現象していない」と発言していました。しかし、「氷河は現象している」と最近のEメールでは述べているのです。ウイキリークスは、ジョン・ポデスタの失態によってこのような情報が流出したことに感謝しているでしょう。実際に何が行われたか、皆さんも真剣に考えなければなりません。

 

トランプはこのカラクリを理解していたので、退場したかったのだと思います。

 

IPCCという金融マフイアたちは、10兆円もの資金を流すために、アメリカの議会と税金を道具として使ったのです。つまり、パリ協定に参加すれば、私たちはこの連中にお金を払うことになるのです。しかし、10兆円というお金は、比較的小さな金額です。彼らは何百兆円も儲けるつもりなのですから。

 

もう一度おさらいします。

今日の企業はみな「汚染」を続けています。例えば、中国は年間約110億トンの炭素を大気中に排出しています。これは現在の排出量です。2030年にはどうなると思いますか?

中国は年間220億トンまで排出できるようになるのです。つまり、中国は今よりさらに110億トンの炭素排出を許容され、2倍「汚染」できるようになるということです。罰則はありません。こうして中国を参加させたのです。

 

2030年以降、彼らはさらに大儲けします。中国に炭素クレジットを売ることができるからです。

 

皆さん、お分かりでしょうか?

要するに、190カ国のいわゆるインフルエンサーやアドバイザーの多くは、この10兆円の「給料日」を待っており、お金がもらえるからパリ協定を支持し、自国の首相や国民に「パリ協定に参加しなければならない」と圧力をかけるのです。一歩下がってこの図を見ると、だれが利益を得ているのかわかります。

 

炭素クレジットは2030年以降に変動制ととなり、価格が急激に上昇するため儲かるのです。腐敗した官僚たちに渡るこの10兆円は、金融市場で100%~1000%の利益を生むので、彼らにとっては非常に価値があるのです。

 

つまり、ドナルド・トランプは、詐欺を見抜いていたということです。その判断は正しい。

リベラル支配層の連中が、パリ協定参加によって大喜びする仕組みなのです。

 

MITの学長は、「気温が上昇したという決定的な証拠がある」と発言しました。はっきりさせておきたいのですが、NASAで地球の気温分析をしていたハンセン博士は」、1950年代から1990年の間の平均気温を使いました。この期間の平均気温を測定し、「平均気温は15℃」と発表しました。1988年頃、彼らはこれから平均気温は上昇すると予測していました。1988年に発表された論文には、1950年から1980年の平均気温は15℃と書かれていました。「これから地球の平均気温は上昇する」と言っていました。

 

さて、19995、1996年頃までに何が起こったか?彼らは、平均気温が少し下がったことに気づきました。上昇していなかったのです。しかし、どういう訳か、2002年頃にハンセン博士は「気温は上昇した」と言いました。どうやって、気温を「上昇させた」のでしょう?彼は、「以前の平均気温は14℃だった」と基準を下げて、気温を「上昇」させました。彼はゴールポストを動かしたのです。以前は15℃だったものが、今は14℃、そして、現在の測定値は14.64℃だと発表しました。つまり、彼が行ったことは完全に虚偽です。このゴールポストの移動は、電子メールで行われました。

 

アメリカの思想家アーヴィンド・クマール氏は、見事な記事の中で「14は新たな15になった」と批判しました。アーヴィンド・クマール氏の記事を実際に読んでみてください。見事に説系してあります。

 

結論から言うと、事実に基づけば「気温が上昇した」という決定的な証拠はなく、このスキームがこの組織に莫大な利益を」もたらすということです。

 

中国は現在の2倍以上の「汚染」を続けるでしょう。インドも20億トンから40億トンへと「汚染」を拡大させます。一方アメリカハ炭素排出量を50億トンから40億トンに減らさなければなりません。

 

このスキーム全体が、まさに巨大な詐欺です。

 

では、このことが消費者にどんな影響をもたらすでしょうか?

将来、消費者は製品により多くのお金を支払うことになり、企業の負担も増えます。企業は税金を払い、消費者が買う製品の価格は上がるのです。ここにいる連中だけが儲かります。

 

だから、トランプがこれを撤回したのは極めて良いことです。これは愛国的な決断です。

私たちは、主流メディアとエリート学者を徹底的追求する必要があるのに、逆に支持してしまっているのです。

ありがとうございました。

 

関連雑記

 

IPCCとは・・国土交通省広報資料より転記

 

気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)は、世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)により1988年に設立された政府間組織で、2021年8月現在、195の国と地域が参加しています。IPCCの目的は、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることです。世界中の科学者の協力の下、出版された文献(科学誌に掲載された論文等)に基づいて定期的に報告書を作成し、気候変動に関する最新の科学的知見の評価を提供しています。

 

 IPCCには、下図のとおり3つの作業部会と1つのタスクフォースが置かれており(下図)、それぞれの任務は以下のとおりです。

•WG1: 気候システム及び気候変動の自然科学的根拠についての評価

•WG2: 気候変動に対する社会経済及び自然システムの脆弱性、気候変動がもたらす好影響・悪影響、並びに気候変動への適応のオプションについての評価

•WG3: 温室効果ガスの排出削減など気候変動の緩和のオプションについての評価

•TFI: 温室効果ガスの国別排出目録作成手法の策定、普及および改定

 

 

 

 

カーボンクレジット・・日経新聞より転記

▼カーボンクレジット 森林保護や省エネ技術、再生可能エネルギー導入といった事業による温暖化ガスの排出削減効果を取引できるかたちにしたもの。最近は民間事業者間の自主的な売買が活発になっている。欧州連合(EU)の排出量取引制度(ETS)に代表される規制上の取引には原則として使えないが、自社の排出量を相殺して自主的にアピールしたい企業が購入する。発行事業者は民間の認証機関が定めるルールに基づいて事前に計画をつくったり、第三者の審査を受けたりする。

 

投資家や非政府組織(NGO)、消費者からの脱炭素に向けた要請が強まり、市場は拡大している。2021年1~8月の取引量は2・4億㌧と20年通年と比べて3割増えた。CO2換算で1㌧あたりの価格は平均3㌦ほど。温暖化ガス削減効果の裏付けとなる事業の種類や年代で価格は異なる。森林系は買い手の人気が高く平均4㌦台で取引される。

 

 

 

 

カーボンクレジット概要・・みずほ資料より転記

 

 

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■ 数学者藤原正彦氏の提言

 

 

2021/10/月4日、岸田文雄氏が、第100代内閣総理大臣就任。

産経新聞に載っていた数学者藤原正彦氏の記事が目を惹いたので、まとめました。

 

新自由主義から目をさませ  数学者・お茶の水女子大名誉教授 藤原正彦

2021/11/05

 

●新自由主義から転換…ケンカ腰でやれ

岸田文雄首相が「新自由主義からの転換」を自民党総裁選、衆院選を通して掲げた。画期的である。中曽根康弘首相から始まり、橋本龍太郎首相が加速し、小泉純一郎首相時代にはほとんど全体主義的暴走にまで達し、その後も安倍晋三首相と菅義偉首相に引き継がれてきた教義をひっくり返そうというのだからだ。

 

大雑把に言うと、新自由主義=グローバリズム=小さな政府―である。その三本柱は規制緩和、自由貿易(ヒトカネモノが自由に国境を越える)、そして緊縮財政だ。この一見すばらしい三本柱により、我が国はここ三十年余りの間にズタズタにされてきた。

中略

自由貿易とは元々アングロサクソンの考え方だが、これによりリーマン・ショックが世界を震撼させ、我が国では安全保障の中核たる食料自給率が低下した。アメリカに押しつけられた株主中心主義により、多くの企業で外資が有力株主となったため短期に成果をあげることばかりが求められ、長期研究投資は抑えられた。

 

その結果、半導体など我が国の誇る製造業は壊滅的打撃をこうむった。株主中心主義とは製造業をつぶす毒薬なのだ。賃金より配当ということで、労働者の給料も下落した。二十数年前に世界トップだった実質賃金は、今やイタリヤや韓国にさえ抜かれた。

中略

残念ながら岸田首相の政策時は今後強烈な逆風が予想される。自民党、新聞、テレビ、マスコミからの逆風も強い。日本政府は、ここ二十年にわたり新自由主義による政策を指示してきたからだ。

 

新自由主義により貪欲に日本を食い物にしてきた国際金融資本の後ろ楯、アメリカの強い逆風もあろう。また岸田氏の経済安全保障は、科学技術の中国への流出防止や中国に頼らないサプライチェーン構築も視野に入っていて、中国を刺激しそうだ。一言で言うと、岸田氏は政官財学の主流、マスコミ、米中など強力な抵抗勢力に包囲され粗面楚歌と言ってよい。救国のための検討を祈るばかりだ。

 

●論理だけでは世界は回らず

新自由主義が最も傷つけたのは、実は世界各国の国柄である。とりわけ日本は深手を負った。

 

16世紀以来、来日した西洋人がほぼ異口同音に絶賛し、明治に来日した詩人アーノルドが「天国または極楽に最も近い国」と評した、日本の文化、美術、道徳、礼節、もののあわれなどの情緒、が生き馬の目を抜くような競争社会の中で浸食された。

 

物事の価値を金銭で測ったり、お金を儲けることこそが人間の幸せ、などという日本の国柄に全くそぐわない教義に、なぜ巻き込まれたのだろうか。

 

冷戦終了後の世界で、軍事上の無二の盟友でありながら経済上のライバルとなったアメリカに強要されたのだが、日本はそれに抵抗しなかったばかりか歓迎さえしていた。

 

思えば我が国は、明治には弱い者いじめにすぎない帝国主義に手を染め、文明開化に狂奔し、大正には大正デモクラシーに酔い、マルクス主義にかぶれ、昭和にはドイツ型軍国主義に浮かれ、戦後はGHQに他愛なく洗脳され、ここ30年はグローバリズムにあっさり染まった。

 

欧米由来の思潮はすべて論理の産物である。一方、日本の国柄に論理はない。

 

欧米思潮にあっという間になびいたのは、産業革命をなしとげた欧米への崇拝もあったが、根本的には論理が脳に快いからだ。ただ、近年の世界の混迷は、「論理だけで人間社会はうまくまわらない」を示している。

 

もののあわれ、惻隠、卑怯を憎む心など、日本人が古来から大事にしてきた情緒と形こそが、今こそ混迷の世界を救うのに必要なのだ。新自由主義から目をさまし、世界の宝石、日本を取り戻す時である。

 

数学者・お茶の水女子大名誉教授 藤原正彦 
数学者・お茶の水女子大名誉教授 藤原正彦 

 

藤原正彦は、昭和18年(1943年)7月9日生まれ。日本の数学者。お茶の水女子大学名誉教授。専門は数論で、特に不定方程式論。エッセイストしても知られる。

 

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■ スティーブン・クーニン氏の見解

 

 

Harano Timesに目を惹く動画が載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

環境問題CO2のうそ・・政治が科学を利用している

オバマ政権のエネルギー科学次官、スティーブン・E・クーニン

2021/11/02

 

米理論物理学者スティーブン・E・クーニン教授  
米理論物理学者スティーブン・E・クーニン教授  

 

スティーブン・E・クーニン(1951年12月12日生まれ)は、アメリカでの理論物理学者、兼ニューヨーク大学アーバン・サイエンスと進歩のためのセンターのディレクター。彼はまた、ニューヨーク大学のタンドン工学部の土木都市工学科の教授でもあります。2004年から2009年まで、クーニンはBPに石油ガス会社のチーフサイエンティストとして雇用されました。2009年から2011年まで、彼はオバマ政権のエネルギー省の科学長官の下にいました。

 

 

環境問題CO2のうそ・・政治が科学を利用している

 

気候は人間が出すCO2より自然変動が大きい。

「CO2が原因」は、科学的に決着済みでない。

 

気候変動で人類消滅と煽るのは、

政治が科学を利用している

 

ヒュブリスが人間の心にとりつくと神をも恐れない傲慢な人間に、

最後は自分の破滅へ

 

人間の力で世界のCO2を削減して温暖化を止められる?

 

温暖化によって

米国の熱波の多発?・・1900年と同じ

米国のハリケーンの多発?・・100年前と同じ

世界的な洪水の多発?・・過去70年で同じ

 

温暖化によって

グリーンランドの凍土が溶けた?・・80年前と同じ

 

化石燃料による世界のエネルギーを80%削減!

化学的に不可能

CO2は大気中からすぐには消えない。

現在排出中のCO2の60%は20年残る。

30~55%は100年残る

15~30%は1000年残る

 

化石燃料による世界のエネルギーを80%削減!は、数世紀かかる。

 

私たちはCO2を簡単に減らす能力はない。

それが出来ると思うのがヒュブリス。

 

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■ 明治中期、日本帝国(明治政府)の間違い

 

近現代史を勉強している中での、私の今の見解です。(あくまで一庶民の見解)

日清、日露戦争を時系列にまとめ、その動機、結果を観察したものです。

2021/10/24

 

 

明治中期、日本帝国(明治政府)の間違い

 

明治(めいじ)は、日本の元号の一つ。慶応の後、大正の前。大化以降244番目の元号である。明治の元号下にあった1868年10月23日(明治元年9月8日)から1912年(明治45年)7月30日までの45年間を明治時代(めいじじだい)と呼ぶ。

 

 

■日清・日露戦争への経緯

 

●明治初期・・日本帝国は、世界に対する正確な認識感を持っていた。

アジアにとって恐れていたのは白人による植民地化で、領土的野心のあるロシアを恐れていた。

 

●ロシアの南下侵略政策に対抗するため、地政学的な発想で、下記の方針をもつに至った。

シナ(清国)と朝鮮に早く近代化してもらう。

 

●日清戦争

朝鮮に近代化してもらい清国から独立して欲しいため、朝鮮から清国を追い払うことを決断、日清戦争に突入。1894年(明治27年)

 

●日清戦争の勝利で韓国は独立したが、その後ロシアの保護下がいいと考えはじめる。・・日露戦争に発展。

 

●日露戦争

日清戦争以後、満州(清国)は当時実質的にロシアに占領されていた。ロシアの南下政策に対抗するため、日露戦争に突入。1904年(明治37年)

 

●清朝から中華民国へ

1911年から1912年にかけての辛亥革命により満洲族による王朝は打倒され(駆除韃虜)、漢民族による共和政体中華民国が成立。清朝が領土としていた満洲・モンゴル・トルキスタン・チベットなど周辺地域の政情は不安定となり、1911年にモンゴルは独立を宣言、1913年にはチベット・モンゴル相互承認条約が締約されチベット・モンゴルは相互に独立承認を行った。

 

●満州国を成立

1932年 (昭和7年)、日本は満州の自治を名目にして、清朝最後の皇帝溥儀を元首として満州国を成立させた。 日本は満州を占領するのではなく、日本のいいなりになる国として成立させる方針に転換した。 そのため、日本と満州で議定書をかわし、すでに得ていた権益や関東軍の進駐を認めさせた。

 

 

 

■二つの戦争の結果

 

●清国に李氏朝鮮に対する宗主権の放棄とその独立を承認させた他、清国から台湾、澎湖諸島、遼東半島を割譲され、また巨額の賠償金も獲得した。しかし、講和直後の三国干渉により遼東半島は手放すことになった。

 

●ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本へ譲渡する。

1905年 ポーツマス条約が調印

 

●日露戦争に日本は勝ち、韓国を外交権のない保護国にした。

1906、韓国総監府 伊藤博文初代総監。安重根に暗殺。

1910、韓国併合・・韓国に投資、韓国を日本と同じ水準まで上げようとした。

社会インフラ整備、ハングル文字の普及、学校、

 

●ロシアの植民地になりかけていた満州を助けた。満州を清朝(満州族)に返してあげた。

満州族最後の皇帝の溥儀は日本の支援により満州に戻って皇帝になる。統治能力がないので日本が内面指導した。日本の傀儡政府の満州国設立。1932年 (昭和7年)

 

●1932年 (昭和7年)、日本は満州の自治を名目にして、清朝最後の皇帝溥儀を元首として満州国を成立させた。 日本は満州を占領するのではなく、日本のいいなりになる国として成立させる方針に転換した。 そのため、日本と満州で議定書をかわし、すでに得ていた権益や関東軍の進駐を認めさせた。

 

 

 

■日本帝国の間違い

 

●日清戦争、日露戦争、何れも原因は、ロシア帝国の南下政策に対抗するためであった。

その結果、南樺太割譲、韓国併合、台湾統治、満州国設立につながった。

 

●日本国の安全保障のためとは言え、戦争の結果、権益・領地割譲を勝ち取り、他国を統治することは、間違っている。

 

●北方領土問題は、1875年の「樺太・千島交換条約」時の状態に戻るべき。

1867年 - 樺太雑居条約が締結された。それ以後ロシア人の入植が激化した。

 

●あくまで自衛の戦争に終始するべきであった。

 

●日露戦争の結果により、人種差別と植民地政策をとっていた西洋諸国の態度が変わった。日本に好意的だったアメリカも日本に対して脅威と反感を持つようになり、日米戦争への遠因をつくった。

 

 

■原点に戻るべき

 

●近代産業発展の時代の、武士道精神を持つ、戦前の日本台頭の時代に戻るべきである。(日清戦争1894年・明治27年以前)

 

●間違ったらやり直すことが、一番近道。今の日本は、戦後70年たってもやり直せないでいる。

 

●憲法、教育、産業、経済、防衛、その他すべての分野において、やり直すことが必要である。

 

 

 

 

■関連雑記

 

 

●清朝から中華民国へ

1911年から1912年にかけての辛亥革命により満洲族による王朝は打倒され(駆除韃虜)、漢民族による共和政体中華民国が成立したが、清朝が領土としていた満洲・モンゴル・トルキスタン・チベットなど周辺地域の政情は不安定となり、1911年にモンゴルは独立を宣言、1913年にはチベット・モンゴル相互承認条約が締約されチベット・モンゴルは相互に独立承認を行った。

 

満州は中華民国臨時大総統に就任した袁世凱が大きな影響力を持っていたため、東三省総督の体制、組織をそのまま引き継ぎ、中華民国の統治下に入っている。この中に、東三省総督の趙爾巽の下で、革命派の弾圧で功績を上げた張作霖もいた。しかし、袁世凱と孫文が対立し、中華民国が分裂、内戦状態に入ると、張作霖が台頭し、奉天軍閥を形成し、日本の後押しも得て、満洲を実効支配下に置いた。

 

日本は日露戦争後の1905年に日清協約、1909年には間島協約において日清間での権益・国境線問題について重要な取り決めをおこなっていたが、中華民国成立によりこれらを含む過去の条約の継承問題が発生していた。

 

 

●「満洲国建国」は正当である 米国人ジャーナリストが見た、歴史の真実

ジョージ・ブロンソン・レー (著), 竹田 恒泰 (監修), 吉重 丈夫 (翻訳)

日露戦争時、実はロシアと清国は「露清密約」を結んでおり、“連合軍"として日本と戦ったのであるが、このことは日本人には教えられていない。終戦の調停役であったアメリカも、当然オトボケで条約を結ばせたため、グルだった。これが知られていれば日本は清国に賠償を要求できたのだ。この一事でも分かるとおり、満洲国建国をめぐって、日本が国際連盟脱退に至る歴史は、一般的解釈とされている「日本の侵略」ではなく、清国利権を狙う、アメリカを始めとする欧米列強の謀略であり、国際的な「日本イジメ」だったのである。本書では、アメリカのジャーナリストであり、満洲国の顧問を務めていた著者が、列強の言動のあまりの理不尽さに憤慨し書き残した、「満洲国をめぐる真実」である。特に、著者は、「アメリカの意図はどこにあるのか」を厳しく追及している。アメリカ政府が日本人に最も読まれたくないであろう歴史の証言を、詳密に新訳した一冊である。

 

 

●樺太・千島交換条約(政府広報より転記)

樺太・千島交換条約(からふと・ちしまこうかんじょうやく)は、明治8年(1875年)5月7日に大日本帝国とロシア帝国との間で国境を確定するためにサンクトペテルブルクで署名され、同年8月22日に東京にて批准され締約された条約。

 

千島・樺太交換条約や、サハリンクリル交換条約、クリルサハリン交換条約、署名した場所からとってサンクトペテルブルク条約(英: Treaty of Saint Petersburg、露: Санкт-Петербургский договор 1875 года)と呼ぶ場合もある。

 

領土開発1875年から1945年:

1875年: 樺太・千島交換条約

1905年: ポーツマス条約

1945年:第二次世界大戦の終わり

(なお、日本は北海道に面している4島の返還を求めている。)

 

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■ アメリカは一枚岩ではない

 

 

虎ノ門ニュースに気になる江崎道郎氏のアメリカ特集が組まれていましたので、書き起こして掲載します。

アメリカの分断は避けられないということか。勉強になる内容でした。

2021/08/24

 

アメリカは一枚岩ではない・・日米関係から日本の針路を考える

江崎道郎

江崎道郎氏 
江崎道郎氏 

日本の評論家、情報史学者。専門は安全保障・インテリジェンス・近現代史研究

 

■アメリカの二大政党

 

●共和党・・穏健派、保守主義者

経済振興や軍事を重視

支持層は中小企業の経営者や熱心なキリスト教徒

 

●民主党・・穏健派、社会主義者

格差是正や環境を重視

支持層は都市部のインテリ層・黒人やヒスパニックなどのマイノリティー(少数派)そして労働組合

 

■アメリカ保守主義者の代表的存在、フィリス・シュラーフリー女史の歴史観

ルーズベルトはヨーロッパへの参戦を正当化しようとしていた人であり、真珠湾攻撃は参戦を国民に納得させるための切り札であったと私たちは受け止めています。

フィリス・シュラーフリー女史
フィリス・シュラーフリー女史

 

 

■ヘリテージ財団リー・エドワーズ博士の見解

ソ連共産主義と手を組み、東欧と極東アジアをソ連に譲り渡し自由主義陣営を窮地に追いやったのはルーズベルト大統領だ。彼こそ保守主義者にとって最大の敵であり彼が構築したニューデール連合という政治体制を打破するために現代アメリカ保守運動は始まった。

エドワーズ博士
エドワーズ博士

 

 

■知られざるアメリカの戦前史

 

●1929年10月に始まった大恐慌

アメリカ経済は大混乱に陥り共和党のハーバート・フーヴァー政権の支持率急落

●1933年民主党のルーズベルト大統領

「ニューディール(新規まき直し)」と称して「社会主義的な」政策を次々と打ち出す。

具体的には農産物価格維持政策によって農民の利益を保証し労働者の権利を保護する政策によって労働者の生活向上を支援。

 

 

■知られざるアメリカの戦前史②

 

●ルーズベルト民主党政権下

①連邦政府の財政規模が急増

②税負担が高まる一方「ニューディーラー」と呼ばれるリベラル派官僚たちの権力が肥大化。

③労働組合員も1933年の300万人から1941年には950万人に増加。

④官僚と労働組合員の急増に付け込んでアメリカに入り込んだソ連のスパイたち。

 

 

■民主党を支える選挙母体「ニューディール連合」

ニューディーラーが敗戦後の日本に占領軍として来日、戦力の保持を禁じた憲法改悪、スパイ防止法などの関係法律の廃止、日教組支援を含む教育制度の「民主化」などを推進。

ニューディール連合 
ニューディール連合 

 

 

■日本占領史観の見直し

 

●今までの占領史観・・アメリカが日本弱体化政策を推進

●これからの占領史観・・アメリカのニューディーラーが日本弱体化政策を推進

アメリカの保守派は日本弱体化政策に疑問。「強い日本」政策を主張。

 

 

■ニューディール連合

「社会的弱者を救うのは政府の役割であり、そのために税金が高いのはやむをえない」とする国家社会主義政策を推進するが、実際に助けることができるかどうかは不明。同盟国については「干渉主義」、しかし実際には助けてくれるかどうかは不明。

 

■保守主義者

国防と治安と裁判以外、政府ができることは限られており、官僚が社会的弱者を救えるとは限らない。よって大事なことは「自助の精神」、同盟国に対しても「自助の精神」要求。

 

 

■保守主義者の反撃①

フリードリッヒ・ハイエク「奴隷への道」

社会福祉を行うために政府は肥大化する。しかも福祉の資金調達を名目に国民の資産を税金と称して合法的に奪っていく。その肥大化した権力を使って社会福祉を餌に国民の私生活にまで干渉する全体主義国家になり個人の自由は奪われる。

 

■保守主義者の反撃②

ラッセル・カーク「保守主義の精神」

祖先たちが築いてきた伝統的価値観を受け継ぎ、道徳的な秩序をいじしていくことによってのみ自由で多様性ある社会生活を享受できるのだ。

 

 

■アメリカの政治対立の構図

リンドン・ジョンソン
リンドン・ジョンソン

 

 

 

VS

ロナルド・レーガン
ロナルド・レーガン

 

●リンドン・ジョンソン「民主党」政権、「偉大な社会」

●ロナルド・レーガン「共和党」政権、「制限された政府」

 

 

■日本の国民負担率(租税や社会保障負担)

1970年:24.3% → 2020年:44.3%

 

■トランプ政権の政策・・2017年12月の大規模減税

第一:個人所得税の引き下げ

第二:連邦法人税律が35%から21%へ引き下げ

ドナルド・トランプ元大統領
ドナルド・トランプ元大統領

 

 

■2つのアメリカ

 

●リベラル系

政府・官僚による社会問題解決。そのため政府・官僚による統制強化と増税。

対外的には同盟国に干渉、逆に軍事的自立は疎外。

 

●保守主義者

経済成長と国民の自助の精神による社会問題解決。そのため減税と規制緩和。

対外的には同盟国の自主防衛促進と負担の分担要求。

 

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■ 中国が切る「黒人カード」の深謀

 

 

産経新聞コラムに、文化人類学者で静岡大学教授の楊海英氏の「米中外交トップによる会談」の見解が載っていましたので、掲載します。

非常に気になる内容でした。

2021/03/31

 

文化人類学者 静岡大学教授 楊海英氏 
文化人類学者 静岡大学教授 楊海英氏 

 

楊 海英(よう かいえい、ヤン・ハイイン、1964年(昭和39年)9月15日 )は、内モンゴル出身の文化人類学、歴史人類学者。静岡大学人文社会科学部教授。モンゴル名はオーノス・チョクト、帰化後の日本名は大野旭(おおの あきら)。楊海英は中国名のペンネーム。

 

 

中国が切る「黒人カード」の深謀

 

3月中旬、米国・アラスカのアンカレジで米中外交トップによる会談が行われた。米側はブリンケン国務長官と国家安全保障問題担当のサリバン大統領補佐官、中国からは楊潔●(よう・けつち)共産党政治局員と王毅国務委員兼外相が出席した。

 

 

≪中国への警戒感薄い日本≫

 

ブリンケン氏らは新疆(しんきょう)ウイグル自治区・香港・台湾・対米サイバー攻撃と、同盟国に対する経済的強圧等、中国の行動に対し明確な問題提起をしたところ、中国側は外交上の礼儀を無視して感情的な反論をまくし立てた。楊潔●氏は以下の趣旨の発言で反論した。

 

「米国には上から目線で偉そうに中国にものを言う資格はない。その手には乗らない。我々が西洋人から受けた苦しみは少なかったとでも言うのか。外国から包囲された期間は、これでも短かったとでも言うのか。米国の人権問題は根深いし、黒人を殺戮(さつりく)している。米国には米国の民主があるだろうが、中国には中国の民主がある」

 

日本では、中国側の発言は国内向けのパフォーマンスにすぎない、と解釈する人が多いが、これは大きな誤認だと言わざるを得ない。中国に好意的かあるいは中国の本質が分かっていない、独善的な見方だ。中国の対米関係史、なかでも米国内のいわゆる人種問題の一環を成す黒人差別を中国がどのように利用してきたかの歴史を知らなかったからだろう。

 

中国の米国認識は毛沢東の一連の発言に表れている。毛は1957年11月18日に「各国共産党・労働党モスクワ会議における講話」内で、「米帝国主義は張り子の虎」だと罵倒した。翌58年9月8日、中国最高国務会議において「米国の独占資本集団は、もしもその侵略政策と戦争政策をあくまで推し進めるなら、いつかは必ず全世界の人民から絞首刑に処せられるであろう」と乱暴な言葉で批判した。訪中した米国人記者アンナ・ルイズ・ストロング氏との談話の中でも、「張り子の虎」論を語ってこき下ろした。

 

このように、「中国人民の偉大な領袖(りょうしゅう)」と謳歌(おうか)されてきた暴君毛沢東は事あるごとに米国に罵声を浴びせて「人民」を鼓舞してきた前例がある。

 

 

≪米国内の人権問題利用≫

 

米国がベトナム戦争に深く関わり、国内の反戦運動が黒人の権利向上運動と連動してくると、毛は63年8月8日に「米帝国主義による人種差別政策に反対する黒人の正義の闘争を支持する」との声明を出した。中国の公式見解によると、同声明が発表されたのを受け、米国の情勢は一変したという。声明公表直後から68年3月まで、全米各地で黒人による抗議デモが頻発し、「政府機構を麻痺(まひ)させ、前線の兵士たちの士気を低下させた」という。そして同年4月4日にはマーティン・ルーサー・キング牧師が銃撃で犠牲になると、毛は再度4月16日に支持声明を高らかに宣言した(『読報手冊』、69年)。

 

「米国の大勢の黒人と大勢の白人の労働人民は、共通した利益と闘争目標を有している。そのため米国の黒人の闘争はますます多くの白人労働者と進歩的人士の同情と支持を勝ち取っている。米国の黒人の闘争は必ずや同国の労働運動と結合して、最終的には米国の独占資本主義階級の罪悪に満ちた統治を終わらせるに違いない」

 

毛の中国当局の支持表明の影響は大きかった。米国はソ連を最大の脅威と見なしていたので、ソ連からは北京ほど響きの良いメッセージが黒人公民権運動者たちには届かなかった。黒人公民権運動の指導者たちにとり、現実の中国はどうでもよかったが、支持表明は最大の政治的援護となった。仮に黒人公民権運動を一種の分断工作だと位置づけるならば、中国は逸(いち)早くその有効性に気づき、かつまた政治利用して内政干渉した。

 

 

≪分断工作に警戒を≫

 

ここで思い出されるのは昨年の米大統領選と「黒人の命も大切」といったスローガンであろう。中国がどれほど選挙に介入したかについて現在のバイデン政権は決してそれを明らかにしないだろう。ただ社会主義制度を公然と擁護していた民主党候補の一人、サンダース氏の口から出ていた「独占資本主義階級」への痛烈な批判は、毛の期待していた内政干渉も結実しつつあると指摘できよう。

 

毛沢東路線に回帰した習近平国家主席の目には、60年代よりも米国の状況は楽観的かもしれない。白人の人口比率は低下し、中国系が確実に増えているからだ。毛は「砂を混ぜる政策」で南モンゴル(内モンゴル自治区)や新疆ウイグル自治区に中国人移民を増やして先住民の人口と逆転させた。その結果、中国はウイグル人に対してジェノサイド(民族大量虐殺)を推進できたし、モンゴル人に対してもその母語による教育権を剥奪している。

 

西洋人から受けた苦しみを強調し、復讐(ふくしゅう)心に燃える中国は今後、「中国系の命も大切」というカードを切って、米国内の分断を一層本格化させる可能性も否定できない。それこそ、米国にとっての、悪夢になるので警戒しなければならない。(よう かいえい)

 

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■ 気候危機はリベラルのフェイク

 

 

産経新聞正論に、キャノングローバル戦略研究所研究主幹杉山大志氏の、「気候危機はリベラルのフェイク」が載っていましたので、掲載します。  

2021/02/22

 

杉山大志氏
杉山大志氏

 

杉山 大志氏は、日本のエネルギー・環境研究者。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授。2004年より気候変動に関する政府間パネル(IPCC)評価報告書等の執筆者。産業構造審議会産業技術環境分科会 地球環境小委員会地球温暖化対策検討ワーキンググループ委員。総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会省エネルギー小委員会工場等判断基準ワーキンググループ委員。

 

 

気候危機はリベラルのフェイク

 

台風等の災害のたびに温暖化のせいで激甚化と騒ぐ記事が溢(あふ)れるが、悉(ことごと)くフェイクである。温暖化云々(うんぬん)以前に、そもそも激甚化自体がなかったことは公開の統計で確認できる。これは前回述べた。

 

ではなぜフェイクが蔓延(まんえん)したか。政府機関、国際機関、NGO、メディアが不都合なデータを無視し、プロパガンダを繰り返し、利権を伸長した結果だ。

 

CO2をゼロにするという急進的な環境運動は今や宗教となり、リベラルのアジェンダ(議題)に加わった。人種差別撤廃、貧困撲滅、LGBT・マイノリティーの擁護等に伍(ご)して、新たなポリティカル・コレクトネスになった。

 

CO2ゼロに少しでも疑義を挟むと、温暖化「否定論者」というレッテルを貼られ、激しく攻撃される。この否定論者(デナイアー)という単語は、ホロコースト否定論者を想起させるため、英語圏では極悪人の響きがある。

 

日本のNHK、英国のBBC、ドイツの公共放送、米国のCNN等の世界の主要メディア、そしてフェイスブック等の大手SNSもこの環境運動の手に落ちた。不都合な観測データを隠蔽(いんぺい)し、不確かなシミュレーションを確実な将来であるごとく報道し、単なる自然災害を温暖化のせいだと意図的に誤解させてきた。

 

 

≪科学ではなく新興宗教≫

 

彼らの手段は宗教的な映像と物語だ。テレビではおどろおどろしい災害の映像が次々に流れる。「洪水も山火事も台風も温暖化のせいで激甚化した、地球環境はすでに壊れている、世紀末には大災厄が訪れる、気候危機だ」と恐怖を煽(あお)る。この物語に合わない災害の統計を無視する。最早(もはや)科学とは関係のない宗教になっている。 

 

温暖化物語はさらに続き、「規制や税でCO2を削減すべきで、大きな政府と国連への権力移譲が必要だ」とする。これもリベラルの世界観にぴったりだ。国際環境NGO等は資本主義を嫌い、自由諸国の企業や政府に強烈な圧力をかける。その一方で、国家権力による経済統制を好み、中国政府の温暖化対策を礼賛し、中国企業は攻撃の標的にしない。

 

もし本気でCO2を減らしたいならば、自由な経済活動によって科学技術全般のイノベーションを促すことが絶対不可欠だが、彼らはそれを否定し、生活を統制し耐乏生活を強いることを望む。

 

中世の宗教が近代になって滅び、代わって共産主義が台頭したが崩壊した。だが巨大な権威と一体化し、そこで権力を振るい社会を計画し管理したいとの願望は潰(つい)えず環境運動がその後を継いだ。

 

 

≪ネット空間も言論統制≫

 

インターネット空間でも環境運動が優勢である。米大統領選ではツイッター等の大手ソーシャルメディアの民主党寄りの党派性が剥(む)き出しになったが、温暖化にも言論統制は及んでいる。手口は共和党を封じたのと同じ方法だ。

 

即(すなわ)ち急進的な環境運動に疑義を呈する記事があれば、彼らは主観的な判断によって「不適切」であるとして削除したり、拡散・共有を停止したり、アカウントを停止する。あるいは記事に「偽情報」のタグを付けて信憑(しんぴょう)性を貶(おとし)め、検索に掛からないようにする。これらの手段で記事の閲覧数を減らすのみならず広告収入を断つ。

 

温暖化に関して確認すると、ユーチューブ、ツイッター、グーグル、リンクトイン、フェイスブックは程度の差はあれ、このようなことをしていた。

 

最近の不穏な動きとして「フェイスブックは温暖化に関する偽情報の拡散を止めるべきだ」というオープンレターが発表された。本当の意味で温暖化の偽情報というならリベラルなメディアと大手SNSこそ偽情報だらけだが、このレターは明らかに温暖化「否定論者」を標的にしている。レターの署名者にはクリントン政権で大統領首席補佐官を務めたジョン・ポデスタ氏もいる。バイデン政権下で何が起きるか危惧される。

 

 

≪保守の言論強化が必要≫

 

日本の知識人の多くは米国のリベラル系メディアの言うことを鵜呑(うの)みにする。特に温暖化については明らかにそうだ。ただし米国にはまだウォールストリート・ジャーナルやFOXニュース等があってオープンな議論を続けている。この御蔭(おかげ)で米国の共和党支持者はCO2ゼロなど支持していない。翻って日本では大新聞とテレビの大半は温暖化プロパガンダに丸め込まれてしまっている。

 

CO2は増えていて緩やかな温暖化は起きている。だが災害は増加しておらず破局に至る気配はない。他方でCO2ゼロという極端な目標は経済を破滅させる。目標の修正を急がないと、それまでに掛かる莫大(ばくだい)な費用だけでも自由諸国は弱体化して、中国の台頭を容易ならしめる。

 

日米共通の課題として、保守の言論空間を活字とネットの両方で強化し、リベラルに負けないようにすべきである。温暖化問題はその一角において、ファクツ(事実)に基づいた適切な対応を論じたい。その上でリベラルにもアジェンダの修正を迫ろう。(すぎやま たいし)

 

 

 

関連記事

 

「CO2ゼロ」は亡国の危機だ 

 

産経新聞正論に、キャノングローバル戦略研究所研究主幹・杉山大志氏の「CO2ゼロは亡国の危機だ」の、環境問題の見解が載っていましたので掲載します。 

2021/01/27

 

従前は地球温暖化問題といえば環境の関係者だけに限られたマイナーな話題にすぎなかった。だがここ2、3年で一変した。急進化した環境運動が日米欧の政治を乗っ取ることに成功したからだ。

 

いまや環境運動は巨大な魔物となり、自由諸国を弱体化させ、中国の台頭を招いて、日本という国にとって脅威になっている。この深刻さを、国家の経済・安全保障に携わる全ての方々に認識してほしい。一体何が起きているのか。

 

 

≪グリーン成長の陥穽(かんせい)≫

 

政府は昨年12月25日に「グリーン成長戦略」を公表した。経済と環境を両立させて2050年にCO2排出の実質ゼロを目指すとしている。ある程度の削減であれば、経済成長と両立する政策は存在する。例えばデジタル化の推進や新型太陽光発電の技術開発であり、原子力の利用である。

 

だがCO2ゼロという極端な目標は、経済を破壊する可能性の方が高い。政府は、安価な化石燃料の従来通りの利用を禁止し、CO2の回収貯留を義務付けるという。乃至(ないし)は不安定な再生可能エネルギーや扱いにくい水素エネルギーで代替するという。

 

これにより2030年に年90兆円、2050年に年190兆円の経済効果を見込んでいる。だが莫大(ばくだい)なコストが掛かることを以(もっ)て経済効果とするのは明白な誤りだ。

 

もちろん巨額の温暖化対策投資をすれば、その事業を請け負う企業にとっては売り上げになる。だがそれはエネルギー税等の形で原資を負担する大多数の企業の競争力を削(そ)ぎ、家計を圧迫し、トータルでは国民経済を深く傷付ける。

 

太陽光発電の強引な普及を進めた帰結として、いま年間2・4兆円の賦課金が国民負担となっている。かつて政府はこれも成長戦略の一環であり経済効果があるとしていた。この二の舞いを今度は年間100兆円規模でやるならば、日本経済の破綻は必定だ。

 

米国ではバイデン政権が誕生し、自由諸国は悉(ことごと)く2050年にCO2ゼロを目指すこととなった。この展開でほくそ笑むのは中国である。

 

 

≪中国「超限戦」の主力兵器≫

 

中国も2060年にCO2をゼロにすると宣言した。これも達成不可能であるが、したたかな戦略であり幾つも利点がある。第1にCO2に関する協力が取引材料となり、人権や領土等の深刻な問題への国際社会の関与を減じることができる。これはかつてオバマ米元大統領が陥った罠(わな)でもあった。

 

第2に中国の参加で自由諸国は引っ込みがつかなくなり経済が衰える。同じような目標でも経済への破壊力は全く異なる。というのは国際環境NGOが力を振るうが、彼らは資本主義を嫌い、自由諸国の企業や政府には強烈な圧力をかける一方で、中国政府を礼賛し、中国企業は標的にしないからだ。衰弱した日本は中国の経済的圧力に屈し易(やす)くなり、言論が抑圧され、領土も脅かされるだろう。

 

第3に中国は温暖化を議題に持ち出すことで、米国内の分断を一層深刻にできる。米国では温暖化は党派問題であり、民主党は急進的な政策を支持するが、共和党は反対する。トランプ氏だけが例外なのではない。

 

中国にとりCO2ゼロというポジション取りは、国際的な圧力をそらすのみならず、自由諸国を弱体化させ、分断を深める効果がある。世論を活用し戦略的有利に立つという「超限戦」において、いまや温暖化は主力兵器となった。

 

加えて、太陽光発電、風力発電、電気自動車はいずれも、中国が世界最大級の産業を有している。自由諸国が巨額の投資をするとなると、中国は大いに潤い、自由諸国のサプライチェーンはますます中国中毒が高まる。さらには、諸国の電力網に中国製品が多く接続されることはサイバー攻撃の機会ともなる。

 

 

≪憂国の士よ声を上げよ≫

 

そもそもなぜCO2をゼロにしなければならないのか?

 

温暖化で台風や大雨などの災害が頻発という報道がよくあるが、観測データを見ればすぐ否定できるフェイクニュースだ。不吉な将来予測も頻繁に聞くが、不確かなものにすぎない。米国の共和党支持者は温暖化危機説がフェイクであることをよく知っている。議会でもメディアでも観測データに基づいた議論がなされている。

 

しかし日本はそうなっていない。のみならず強固な利権がそこかしこにできてしまった。省庁は各々(おのおの)の温暖化対策予算と権限を持っている。その補助金に群がる企業がある。研究者は政府予算を使って温暖化で災害が起きるという「成果」を発表する。

 

この帰結として日本の国力は危険なまでに損なわれつつある。だがそれを明言する人は稀(まれ)だ。温暖化問題について異議を唱えると、レッテルを貼られ、メディアやネットでつるし上げられ、利権から排除されるからだ。

 

CO2ゼロを強引に進めるならば国民経済を破壊し、日本の自由や安全すら危うくなる。憂国の士は、この問題が深刻であることを理解し、声を上げねばならない。(すぎやま たいし)

 

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■ 「北方領土」発展を手助けすれば返還は遠のく

 

 

国際政治学者 グレンコ・アンドリー氏の見解

産経新聞の論点に、グレンコ・アンドリー氏の見解の見解が載っていたので掲載します。

やはり全島返還が望ましいですね。

2021/02/07

 

 

「北方領土」発展を手助けすれば返還は遠のく

 

2月7日は「北方領土の日」。北方四島(択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島)は1855年2月7日に調印された日露通好条約で日本領土となって以来、他国に帰属したことは一度もない。だが戦後75年以上たってもロシアの不法占拠が続く。菅義偉首相は北方領土問題について「終止符を打たねばならない」と意欲を示している。ロシアのプーチン政権とどう向き合うべきか識者らに聞いた。

アンドリー・グレンコ氏 
アンドリー・グレンコ氏 

 

アンドリー・グレンコ氏は、ウクライナ人の国際政治学者、日本研究者。キエフ大学日本語学科卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程指導認定退学。ウクライナ・ソビエト社会主義共和国キエフ出身。  日本ウクライナ文化交流協会政治担当部長でもある。 

 

 

視界不良の領土問題を含む日露平和条約の行方 

 

●1956年(昭和31)年の日ソ共同宣言では平和条約締結後に歯舞、色丹両島を引き渡すことで同意した。

1993年(平成5年)の東京宣言で「4党の帰属問題が未解決」と両国は確認した。

2005年(平成17年)に突然、北方領土は第二次世界大戦の結果、ロシア領となったもので「論議はしない」とプーチン氏が宣言した。これに対して抗議しなかった。さらに安倍政権では2島引き渡し論まで後退した。

●ロシアは2020年の改憲で、領土割譲を禁じ、それを説いたものは刑事罰とした。

●日本政府の原則論は「歴史的にも法的にも北方4島は日本領」。

 

 

民主主義陣営の連帯強化で譲歩させよ」

 

日本政府は「北方領土問題を解決して平和条約を締結する」というが、そのアプローチからして根本的に間違っていると思う。北方四島は不法占拠されているのだから、ロシアへの要求事項は「全島の返還」でしかあり得ない。「問題を解決する」などという課題設定では、「日本の4島放棄が解決策だ」といった主張もロシアに許しかねない。

 

安倍晋三前首相は事実上、色丹島と歯舞群島の2島に絞った交渉を行ったが、プーチン露政権の強硬姿勢に阻まれて失敗した。これはむしろ良かった。2島返還で手を打って平和条約を結べば、国後島と択捉島について協議する機会は完全に失われる。日本人はお人よしなので2島返還ですら親露的世論が生まれ、安全保障面で悪影響が出る恐れすらあっただろう。

 

重要なのは、4島全ての返還を一貫して要求し、交渉期限を区切ったりしないことなのだ。この原則を曲げてはならない。その上で当面の日本は経済や軍事など総合的な国力の増強に邁進し、4島を返還させる機会を長い目で探るべきだ。

 

今後プーチン体制のロシアが衰退するのは明らかで、経済や技術力での欧米との格差は広がる一方だ。結果として財政難や政治の混乱により、巨大な領土を維持するのが難しくなることは十分にあり得る。

 

この意味では、安倍政権が対露経済支援と引き換えに領土交渉を進めようとしたのも誤りだった。ロシアが発展して国力をつければ、領土を手放す理由はなくなる。発展を手助けすればするほど、北方領土の返還が遠のくのは自明だ。

 

ロシアに歩み寄ることで中国とロシアの間にくさびを打てるのではないかーとの見解を聞くことがある。しかし、中露はともに独裁国としての「価値観」を共有し、ともに相手を必要とする互恵関係にある。プーチン政権が中国と仲たがいする可能性は皆無である。

 

日本が独裁国家陣営のロシアと深い付き合いをする必要は全くない。逆にロシアを追い詰めて譲歩させるべく民主主義陣営の連帯を強めることが大事だ。(聞きて遠藤良介)

 

 

 

 

関連記事

 

2015/2/6 の産経新聞、正論コラムに、新潟県立大学教授・袴田茂樹氏の見解が載っていましたので掲載します。

2021/02/07

 

2.7北方領土の日 歴史修正しているのは誰なのか

 

最近、ロシアの専門家たちとウクライナ問題で何回か議論し、次のような批判も受けた。「日本は遠いウクライナとは政治・経済関係もほとんどないのに、なぜ対露制裁に加わるのか。単なる先進7カ国(G7)への同調あるいは米国の圧力故ではないか」

 

私は次のように答えた。「そのことを否定するつもりはないが、別の側面もある。それはG7で日本だけが、ロシアに主権と領土保全を侵されているという意味で、ウクライナと共通の問題を抱えている。従って日本が最も主権侵害を批判する権利を有し、また義務もある。中国との間の尖閣紛争をエスカレートさせないためにも、わが国は主権侵害に毅然(きぜん)とした態度を取らざるを得ないのだ」

 

袴田 茂樹氏 
袴田 茂樹氏 

 

袴田 茂樹氏は、日本の国際政治学者、社会学者、新潟県立大学名誉教授。青山学院大学名誉教授。専門はロシア社会論。公益財団法人日本国際フォーラム評議員。

 

 

《最大の過ちだったヤルタ協定》

 

岸田文雄外相はベルギーで1月20日に「ウクライナで起きていることも北方領土問題も力による現状変更だ」と指摘した。これに対し露外務省はこう批判した。

 

「軍国主義の日本こそがナチスドイツとともに、世界支配を目指して、第二次世界大戦前の“現状”を力で破壊し、多くの国を占領した。岸田発言は、その本質において歴史を転倒させ、大戦の原因と結果に対する一般に認められた理解を修正しようとしている」

 

菅義偉(すが・よしひで)官房長官は同22日の記者会見で、歴史の歪曲(わいきょく)だとの批判は当たらないと述べ、日本が1945年8月にポツダム宣言を受諾し、その後旧ソ連軍に占領されたと説明した。露側は9月2日を終戦日と主張するが、しかしソ連は、戦勝国の領土不拡大を謳(うた)い国連憲章の基礎にもなった大西洋憲章(41年)を支持した。またヤルタ協定(45年)でソ連は千島等の領有を認められたと主張するが、同協定に日本は参加せず、国際条約でもなく、戦勝国による力による領土変更だった。ブッシュ米大統領は2005年に同協定を「歴史上最大の過ち」としている。

 

 

《自らの行動を否定する論理》

日本政府は、次の点もしっかり指摘して、歴史を修正しているのは露側だと反論すべきであろう。

 

露外務省が「大戦の結果に対する一般に認められた理解」と言う場合、北方四島が露領だという意味も含まれている。実は日露の平和条約交渉に関連して露政権が「北方四島に対するロシアの主権は、第二次大戦の結果だ」と主張したのは、プーチン大統領が05年9月27日に国営テレビで述べたのが初めてだ。

 

それまで日露両政府は1993年の東京宣言における「4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」との合意を前提に交渉していた。つまり4島の主権問題は未解決だということが共通の公式認識だった。ちなみにプーチン大統領は東京宣言を認めた2001年のイルクーツク声明(「平和条約交渉を東京宣言…に基づいて行う」)、03年の日露行動計画(「両国間の精力的な交渉の結果…東京宣言…を含む重要な諸合意が達成された」)に署名している。

 

このようにプーチン大統領自身が、4島の帰属問題が未解決だと認めていた。また、日露は1998年に「国境画定委員会」を創設しているが、当然、国境の未画定が前提だ。だからこそ今日まで平和条約交渉が行われてきたのだ。

 

最近ロシア側は、「南クリル(北方四島)が露領であるのは、第二次大戦の結果」と強調するが、ではなぜ北方四島の帰属をめぐる平和条約交渉を続けてきたのか。今日の露政府の論理は、自らのこれまでの行動を否定するものに他ならない。つまり、歴史を転倒させ修正しているのは、露側でありプーチン大統領自身である。

 

 

《日本批判の「戦勝記念日」》

 

「軍国主義の日本こそがナチスドイツとともに…」の露外務省発言に関して付言しておきたい。日本はドイツと1940年に同盟を結んだ。にも拘(かかわ)らず41年に日ソ中立条約を締結して、独ソ戦の間も含め、それを守っていた。ソ連が対独戦に勝利した背景には、日本が中立条約を守っていたという要因があり、今日ではロシアの専門家たちも認める歴史的事実だ。

 

その中立条約を破って日本を攻撃し、日本の領土を獲得したのはソ連である。ここでも歴史を転倒させているのはロシア側である。

 

中露は共同で、戦勝70周年を祝おうとしている。両国の共通認識は、「歴史の修正は許さない」というものだ。もちろんこれは、日本批判でもある。しかし、ここに述べたようなロシア側の転倒した歴史認識を基に「歴史の修正を許さない」としてロシアが中国と歩調を合わせることは、日本としては到底、容認できない。

 

プーチン大統領は5月の戦勝記念日に中国の習近平国家主席とともに、安倍晋三首相を招待している。黙って招待を受けるとすれば、このようなロシアの歴史認識を日本は認めることになる。昨今ウクライナ情勢はさらに悪化しており、G7は対露制裁を緩和できる状況にない。招待にどう対応すべきか、おのずと明らかだろう。(はかまだ しげき)

 

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■ 朝鮮半島航空図 竹島に「日本領」

 

 

米国製の朝鮮半島航空図も竹島をJAPAN 4点確認 

2021/02/03の産経新聞に、朝鮮半島航空図 竹島に「日本領」の記事が載っていましたので書き起こして掲載します。

マスコミはほとんど取り上げない不思議。

2021/02/03

 

朝鮮半島航空図 竹島に「日本領」 2021/01/26

1972・82年 米国作成

韓国の主張否定根拠に

 

1972年の航空図の拡大。竹島と鬱陵島の間に線を引き、竹島側に「JAPAN」と記載している(日本国際問題研究所提供、米国国立公文書館所蔵) 
1972年の航空図の拡大。竹島と鬱陵島の間に線を引き、竹島側に「JAPAN」と記載している(日本国際問題研究所提供、米国国立公文書館所蔵) 

 

 

竹島(島根県隠岐の島町)を日本領と明記した1972年、82年の米国政府作製の朝鮮半島の航空図計4点が、領土問題を調査研究する公益財団法人「日本国際問題研究所」の調査で見つかった。分析した島根大の舩杉力修(ふなすぎ・りきのぶ)准教授(歴史地理学)によると、竹島を日本領と記した米政府の朝鮮半島航空図が確認されたのは初めてという。舩杉准教授は「(52年発効の)サンフランシスコ講和条約起草国の米国が韓国のエリアを示す地図にあえて竹島を日本領と記した意味は大きい」と指摘する。

 

 

国境線を明示

 

同研究所の委託を受けた民間調査会社が米国国立公文書館で大戦後の航空図など約100点を調査。舩杉准教授が分析を進めてきた。

日本領と明記された4点は米空軍や米国防総省が作製した朝鮮半島の航空図。72年製、82年製とも縮尺約128万分の1と同約256万分の1の2種類ある。インドネシア~フィリピン、キューバなど地域別に作られたシリーズという。

このうち72年の2点は、それぞれ竹島と韓国・鬱陵(うつりょう)島の間に点線を引き、竹島側に「JAPAN」、鬱陵島側に「KOREA」と記していた。中国と北朝鮮の国境河川である鴨緑江(おうりょくこう)河口にも同様の点線が引かれていることから、この点線は国境線を意味することが分かるという。

一方、82年の2点は、竹島と鬱陵島の間の点線こそなくなったが、括弧書きで竹島に「JAPAN」、鬱陵島に「REPUBLIC OF KOREA」と明記している。点線で国境線を示す方法から島に主権を直接表記する方法に変更されたとみられている。

82年の2点には「この航空図は、国際的な境界線に対して権威あるものではない」との注記もあるが、日韓ともに同盟国である米国が竹島問題に積極的に介入したくないといった意向が反映されたとみられる。

 

 

韓国の主張を否定

 

同研究所は昨年10月と12月、サンフランシスコ講和条約発効後の53~97年に米政府が作製した竹島を日本領と記した航空図計11点が見つかったと発表。今回と同様に竹島と鬱陵島の間に点線を引いたり、竹島に括弧書きで「JAPAN」と記されたりしていた。

研究所が昨年10月に発表した際、韓国メディアは韓国空軍関係者らの反論する談話を紹介。点線について「総合的に見ると、右側は日本で左側は韓国という簡略な表記」「方向を区分したものであり、国境線ではない」と報じた。

しかし、今回見つかった航空図は中国と北朝鮮の国境にも同様の点線を引き、黄海上の軍事境界線に当たる北方限界線近くの島も括弧書きなどで主権を記しており、こうした韓国の主張を否定する根拠になるという。舩杉准教授は「竹島以外を見ても正確に書いてある」と説明する。

 

 

米国の認識反映

 

サンフランシスコ講和条約をめぐっては、日本は、放棄すべき領土は済州島、巨文(きょぶん)島、鬱陵島を含む朝鮮と規定されており竹島は含まれていないとして、領有権を主張。一方、韓国は「独島(竹島の韓国名)は鬱陵島の属島として韓国領と条約で承認された」と反論している。

同条約には付属地図がない。このため、舩杉准教授は条約起草国である米国の公的地図の分析が米国の認識を確認する上で重要とみている。舩杉准教授は「今回見つかった航空図からは米国が竹島を日本領と認識していたことが分かる。日本の主張を補強する重要な資料だ」と話す。松江市の竹島資料室では、航空図の複製を展示することにしている。

 

 

 

関連記事

 

朝日新聞デジタル記事

竹島はJAPAN表記の航空図、新たに9点 米政府作製

浪間新太

2021年2月3日 9時50分

 

1997年に米国政府が作製した200万分の1の航空図。竹島の最高地点の標高を示す551フィート(168メートル)が記された島嶼の上に「JAPAN」、鬱陵島の上に「SOUTH KOREA」と記載されている=米国国立公文書館所蔵 
1997年に米国政府が作製した200万分の1の航空図。竹島の最高地点の標高を示す551フィート(168メートル)が記された島嶼の上に「JAPAN」、鬱陵島の上に「SOUTH KOREA」と記載されている=米国国立公文書館所蔵 

 

 

竹島を日本領と記載した1955~97年の米国政府作製の航空図9点が新たに見つかった。公益財団法人「日本国際問題研究所」(東京都)が発表した。すでに確認されている53、54年の航空図2点に続く発見。調査を担う島根大学の舩杉力修(ふなすぎりきのぶ)准教授(50)は「竹島を日本領と捉える米国政府の認識が戦後から一貫していることを示す資料だ」と語る。

 

 

戦後米作製の航空図、竹島を日本領に 米公文書館で発見

 

研究所は2018年から舩杉准教授に依頼して、米国国立公文書館などで竹島関係の古地図の調査を進めている。計約100点の地図を舩杉准教授が分析したところ、竹島を日本領と記載した米国政府作製の複数の航空図が見つかった。

今回、見つかった9点の航空図はいずれも200万分の1。8点が米国国立公文書館所蔵で1点が米国の古書店で発見された。日本列島や朝鮮半島、ロシア極東地域などが範囲。

55~75年発行の地図7点では、竹島と韓国の鬱陵島(ウルルンド)の間に領土の主権の境界線を示す点線が引かれている。85、97年発行の地図2点では、竹島を示すとみられる島嶼(とうしょ)の上に「JAPAN」、鬱陵島の上に「SOUTH KOREA」と記されている。97年発行の地図では、島嶼の上に「551(フィート)」(168メートル)とあり、竹島の最高標高点の高さと一致するという。

 

9点のうち、60年代以降に作製された5点には、領土の境界の表記について「権威があるものではない」と注記がある。それでも、舩杉准教授は「戦後の日本領土を規定したサンフランシスコ平和条約(51年調印、52年発効)の起草国・米国がどのような領土の認識を持っているのかが重要」と話す。「航空図は平和条約起草時から90年代まで変わらない米国政府の認識を示し、日本側の主張を補強する資料になる」としている。(浪間新太)

 

 

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■ 世界に広まる「慰安婦=性奴隷」説を否定

 

 

産経新聞に、米ハーバード大 J・マーク・ラムザイヤー教授の「慰安婦=性奴隷」説に異を唱える学術論文が発表されていましたので掲載します。

正当な論文ですね。

2021/01/31

 

慰安婦問題をめぐっては、日本軍が戦前、朝鮮出身の女性を「性奴隷」にしていたというイメージが世界に広まっている。最近、ドイツでもこうした主張に基づく慰安婦像が新たに設置された。

 

こうしたなか、米ハーバード大のJ・マーク・ラムザイヤー教授が、慰安婦が当時政府規制下で認められていた国内売春婦の延長線上の存在であることを理論的実証的に示した学術論文が、3月刊行予定の「インターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクス」誌65巻に掲載される。

 

米国の高名な社会法学者であるとともに、日本研究の大家でもあるラムザイヤー教授が、他の専門研究者の査読を経た学術論文で、「慰安婦=性奴隷」説に異を唱える議論を展開した意義は大きい。

 

■問題は朝鮮の募集業者にあった

教授は、いかなる対象であれ、人間は与えられた条件の下で、自らの利益を追求するという経済学の手法を用いて分析する。慰安婦もその例外ではない。

 

本論文では、他の研究者の業績や当時の日本・朝鮮の史料に基づき、朝鮮人慰安婦も日本人慰安婦も公認の売春婦であり、日本軍に拉致され、売春を強いられた「性奴隷」ではないこと、慰安婦をめぐる問題点は、朝鮮における募集業者にあったことが指摘されている。以下、教授ご本人の了承を得て、論文要約を掲載する。

(解説・要約 青山学院大教授 福井義高)

 

ジョン・マーク・ラムザイヤー氏 
ジョン・マーク・ラムザイヤー氏 

 

ジョン・マーク・ラムザイヤー(John Mark Ramseyer、1954年 - )は、アメリカ合衆国の法学者。ハーバード・ロー・スクール教授。専門は日本法及び法と経済学。シカゴ生まれの宮崎県育ち。

 

 

世界に広まる「慰安婦=性奴隷」説を否定の学術論文

米ハーバード大 J・マーク・ラムザイヤー教授

 

 

「太平洋戦争における性サービスの契約」

 

日本軍が東アジアに進軍し退却した1930年代から40年代にかけて、軍は平氏が現地で性病に感染し、病気が蔓延することを恐れ、リスクをコントロールしようとした。そのため、軍は海外軍事拠点に近くに民間業者が半公式の売春宿を設置することを促し、売春婦の定期的な検診をはじめ、厳格な衛生管理を業者に求める代償として、兵士が他の売春宿を利用することを禁止した。売春婦は業者によって主に日本と朝鮮から集められ、軍に協力する売春宿は「慰安所」、売春婦は「慰安婦」と呼ばれた。

 

慰安所は当時の日本や朝鮮にあった公認の売春宿の海外軍隊バージョンであった。

 

統治の日本医おける売春ビジネスの実態はどのようなものだったのか。売春は許可制でありm毎週の検診を義務付けられ、1924年には、5万100人の許可された売春婦が1万1500ある公認売春婦宿で働いていた。後任悪売春婦の職を求める女性は多く、1920年から27年の間、東京では求職者の62%しか職を得られないほどだった。その結果、確実なデータはないものの、非合法の売春婦が公認のそれと同じくらいいたとされる。

 

 

女性と売春婦の思惑一致

 

公認の売春婦は以下のような年季奉公契約のもとで働いていた。前借金が本人または親に支払われ、全額返すか、契約期間満了のどちらか早い時点まで働く。1920年半ばの前借近の水準は100~1200円で無利子、最も一般的な契約期間は6年で、部屋と食事は売春宿が無料で提供する。売り上げの3分の2から4分の3は売春宿が取り、残った額の6割は前借金返済に、4割は本人に渡された。1925年の東京における売春婦の場合、返済相当分が393円、本人受取分が262円で合わせて655円「ちなみに、ラムザイヤー教授のべつの論文によると、1926年の女性工員の年賃金は312円である」。

 

売春宿が売春婦をだまして借金漬けにしたと主張する歴史研究者もいるけれども、少なくともそのようなことは大規模には行われなかった。実際、売春婦の平均労働期間は3年程度、つまり標準的な契約期間6年の半分で返済を終えている。

 

売春婦の年季奉公契約はゲーム理論でいう「信頼できるコミットメント」のロジックに従っている。若い女性は売春が危険で過酷な仕事であり、たとえ短期間従事しただけでも自らの評判を損なうものであることを理解しているので、十分な報酬が得られるという信頼できる保証を求める。一方売春宿は売春婦が顧客を満足させるよう動機付ける必要がある。機関に上限を設けたうえで、最初に売春婦に大金を払い、顧客を満足させればさせるほど返済が進み、早くやめることができるという年季奉公契約は、両者の思惑が一致したものとなる。

 

当時、日本では改革論者が売春禁止を主張していたけれども、募集業者によって女性が売春宿に拉致されているという批判は絶無に近かった。売春婦自身による、募集業者や売春宿に売春を強いられているという訴えもまれであった。改革論者の批判の対象は、娘を売春宿に売る親であった。

 

日本統治下にあった朝鮮でも日本と同様のシステムが導入されていた。朝鮮では相対的に非合法の売春婦が多く、そもそも慰安所ができる数十年前から、朝鮮人女性は海外で売春婦として働いていた。

 

 

問題は朝鮮の募集業者

 

海外戦地に慰安所を設けるに際し、日本政府は政治的リスクがあることを認識していた。日本国内の改革論者が数十年にわたり売春禁止を訴えているなか、純朴な若い女性たちが悪徳業者に騙されて働かされるという事態は、是が非でも避けねばならなかった。

 

内務省はすでに売春婦として働いている女性のみ慰安婦として雇うことを募集者に求め、所轄警察には、女性が自らの意思で応募していることを本人に直接確認するとともに、契約満了後ただちに帰国するよう女性たちに伝えることを指示した。

 

ただし、朝鮮には日本と異なる固有の問題があった。それは専門の労働者募集業者が大量に存在し、欺瞞的行為を用いていたことである。売春婦だけでなく工員も募集の対象となっていたけれども、当時の新聞で報道された募集における不正は、女性を騙して海外の売春宿に送り込むなど、性産業に関するものだった。

 

日本の本国政府や朝鮮総督府が女性に売春を強制したのではないし、日本軍が不正な募集業者に協力したものでもない。業者がもっぱら慰安婦募集を行っていたのですらない。問題は、数十年にわたり女性を売春宿で働くようたぶらかしてきた朝鮮内の募集業者にあった。

 

慰安婦は日本国内の後任の売春婦と同様の契約で慰安所に雇われたけれども、重要な違いがあった。遠く離れた戦地で働くゆえリスクが高まることを反映し、契約期間が短縮され2年が通例となり、もっと短い場合もあった。慰安婦は大きなリスクの代償として、他の仕事よりも多く稼いで朝鮮や日本の売春婦より、さらに高い報酬を得ていたのである。

 

一部の研究者は戦争末期に慰安婦募集がさらに進められたとするけれども、事実は逆である。戦局が悪化するにつれ、徴兵される男性に代わって女性が軍需産業に動員され、売春婦も売春宿から工場に移された。

 

女性たちは慰安所と1~2年の年季奉公契約を結び、多額の前借近を受け取って戦地に赴き、契約期間を勤め上げるか、期間前に前借金を全額返済して、故郷に帰っていったのである。

 

 

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