近現代史記事紹介-1

 

■ 米歴史学者ロバート・ヒックス博士の演説

 

 

日米開戦の責任は? 日米開戦の真相 

 

米歴史学者ロバート・ヒックス博士の演説

Harano Timesに目を惹く動画が載っていましたので、書き起こして掲載します。

2012年オーストリア学派経済学サミットでの演説。

米歴史学者ロバート・ヒックス博士 77才

 

非常にいい内容でした。

2022/01/08

 

米歴史学者ロバート・ヒックス博士 
米歴史学者ロバート・ヒックス博士 

 

ロバート・ヒッグス(1944年2月1日生まれ)は、アメリカ経済の歴史やエコノミストから材料を組み合わせる公共選択、新制度派経済学、および経済学のオーストリア学派。そして、彼自身を、政治的および法的な理論と公共政策[明確化が必要]において「リバタリアンアナキスト」と表現している。経済学と経済史における彼の著作は、ほとんどの場合、政府の権力と成長の原因、手段、および影響に焦点を当てています。

分野:経済史、政治経済学、天然資源経済学、医療経済学、軍事経済学

 

日米開戦の責任は? 日米開戦の真相

 

12月7日の日本による攻撃のおかげで、宣戦布告にまでこぎつけることができた。

真珠湾攻撃は、長きに渡る一連の事象の結果と考えれば、すべて説明がつく。

 

多くの人は、形式的なことに惑わされています。

 

例えば、「1941年12月にアメリカが宣戦布告するまで、アメリカはドイツや日本と戦争していなかった」と思い込んでいます。

実際には、宣戦布告する前からアメリカはずっと戦争をしていたのです。

その戦争遂行は、さまざまな形で行われました。

 

例えば、米海軍は、イギリスへの主要な航路である北大西洋上で、英艦船とともに、いわゆる「警告なし攻撃」を行っていました。ドイツのUボートは米艦への攻撃を控えるよう命令されており、実際控えていたにもかかわらずです。米英は、情報の共有、兵器の共同開発、軍備の合同訓練、戦争に関するその他の協力の取り決めをしていました。米軍はドイツ軍に対する戦闘行為において英軍と積極的に協力し、例えば、ドイツ軍の戦闘機や潜水艦の目撃情報を英海軍に知らせ、英軍がそれらを攻撃していました。

 

アメリカ政府は、ドイツ軍と戦っていた英・仏・ソ連に対して、数え切れないほどの方法で、軍事物資などの提供や援助を行っていました。また、日本と戦っていた中国にも、軍用機やパイロットをはじめとする軍事物資の提供や援助を行っていました。米軍は、英国・英連邦諸国・オランダ領東インドと共に、将来の対日本共同作戦計画を積極的に練っていました。

 

最も重要なことは、アメリカ政府が一連の厳しい経済戦争を展開し、日本を苦境に追い込んだことです。

米・英・蘭に禁輸された主要原料を確保するために、日本が太平洋地域の米領や米軍への攻撃を強いられることはよくわかっていました。

 

作家のジョージ・ビクターの文章を紹介したいと思います。

ちなみに、ジョージ・ビクターは決して「反ルーズベルト」ではなく、その逆です。彼はルーズベルトを非常に尊敬し、ルーズベルトがアメリカを戦争に巻き込むためにとった行動も全面的に支持しています。そのため、私は彼を「信頼できる情報ソース」と考えています。もちろん、彼は私の研究のために書き残したわけではありませんが、「Pearl Harbor Myth」という素晴らしい本を書いており、その内容には偽りがなく、価値の高い資料です。ジョージ・ビクターの著書から抜粋した長い文章を読み上げます。

 

ルーズベルトは、1941年春にはすでにアメリカをドイツとの戦争に導き、小規模の銃撃戦を発生させていた。それ以降、彼は徐々に米軍の関与を増やしていった。12月7日の日本による攻撃のおかげで、宣戦布告にまでこぎつけることができた。真珠湾攻撃は、長きに渡る一連の事象の結果と考えれば、すべて説明がつく。米国は、1941年春のフランス陥落後に策定された戦略に沿って仕事をした。しかしその戦略は、ルーズベルトや彼のブレーンにとって、むしろドイツの対米宣戦布告を正当化してしまい、望まざる結果を招くように思えてきた。ルーズベルトは駐仏大使ウィリアム・ブリッドに「アメリカの対独参戦は確実だがそのきっかけを与えてくれる時まで待つ」と伝えた。敵が先に発砲したという既成事実を作ることが、ルーズベルトの戦略の一貫したテーマだったからだ。

日本の方がドイツよりも米国に対する大規模な攻撃を誘発しやすいことがわかったので、結果的には彼は正しい結論を導き出したようだ。もう少し引用は続きます。

 

米国が挑発していないのに日本が米国を攻撃するという展開は、出来すぎたシナリオだったが、米国民は、日本が米国の反日政策に反発して戦争を起こすことを米国政府が期待していたとは知らなかったので、うまくいった。そして、1941年7月から実行に移された。

 

アメリカと戦争をすれば負けること、そしてそれが悲惨なものであることを予期していたので、日本の指導者たちが必死になって交渉していたことは、ほとんどの歴史家が以前から認めている。一方、ルーズベルトとハルが執拗に交渉を拒否していた証拠も出てきている。日本は数々の妥協と譲歩を提示したが、アメリカはそれに対してさらに要求を強めていった。「この交渉が決裂すればもう戦争しかない」と日本政府が閣議決定したことを知ったルーズベルトは、交渉の打ち切りを決めた。ビドル合衆国司法長官によると、ルーズベルトは、太平洋地域での事変をきっかけにしてアメリカが欧州諸国の戦争に参加することを望んでいた。ジョージ・ビクターの引用は以上です。

 

これらの事実以外にも数々の事実が確認されていますが、ほとんど新しいものではありません。多くは1940年代から一般公開されてきたものです。

 

1953年頃にはすでに、歴史家ハリー・エルマー・バーンズが1930年代後半から1940年前半にかけてのアメリカの外交政策について膨大な資料をもとに編集した文献を誰でも読むことができ、第二次世界大戦参戦におけるアメリカの責任をさまざまな側面から示しています。つまり、ルーズベルト政権は自国を戦争に巻き込み、遅かれ早かれ参戦できるように、さまざまな手段を使って狡猾に動いていたことがわかります。願わくは、米国が侵略者の一方的な攻撃の犠牲になったように見せかけて、世論を戦争に巻き込む形でヘンリー・スチムソン陸軍長官が戦後証言したように「我々には日本による明白な先制攻撃が必要だった」のです。

 

しかし、この戦争から70年経った現在、このような歴史を知るアメリカ人は1000人に1人、いや1万人に1人もいないでしょう。あまりに巧妙にルーズベルト、アメリカ、第二次世界大戦が美化されてきたため、「アメリカは『善良なる戦争』に参戦した」という考えが、教育界や弁論界を完全に支配してきたのです。

 

ここで、今まで述べたことの背景と、いくつかの追加事項を説明したいと思います。

19世紀後半、日本の経済は急速に成長し、工業化が進みました。日本には天然資源がほとんどないため、急成長していた産業の多くは、以下のような資源に頼らざるを得ませんでした。鉄鉱石、鉄くず、すず、銅、ボーサイト、ゴム、石油などの輸入原料です。アメリカや欧米諸国の植民地であった東南アジアから原料を輸入できなくなれば、日本の産業経済は立ち行かなくなる状況でした。国際貿易を行うことで、日本は1941年までに比較的高度な産業経済を構築していました。ますます強力になる陸軍と海軍を支えるためのコンビナートも建設されました。これらの軍備によって、日本は朝鮮半島や中国北部など太平洋や東アジアのさまざまな地域に勢力を拡大することができました。これは、アメリカが増大する工業力を利用して軍備を整え、カリブ海や中南米、さらにはフィリピン諸島にまで勢力を拡大したのと同様です。

 

1933年にはフランクリン・ルーズベルトが大統領になり、米政府は、日本人を嫌い中国人にロマンチックな愛情を抱く男の支配下に置かれました。ルーズベルトの祖先が中国貿易で財を成したからだ、と推測する作家もいます。ルーズベルトは、ドイツ人全般、特にアドルフ・ヒトラーを嫌い、個人的にも外交的にも親イギリスの傾向がありました。しかし、ルーズベルトは、1937年にニューディール政策が頓挫するまで、外交政策にはほとんど関心を示しませんでした。その後、前例のない3期目の再選を目指すなど、政治的野心を満たすために外交政策に大きく依存し始めます。

 

1930年代後半、ドイツが再軍備と領土拡大を積極的に求め始めると、ルーズベルト政権は英・仏と緊密に協力し、ドイツの膨張に対抗する方策を講じました。1939年に第二次世界大戦が始まると、アメリカの援助はますます増大し、「取引」という大義名分で膨大な軍需物資を供給しました。アメリカの参戦を目前にして、英米の軍部は密かに共同作戦の計画を立てていました。米軍は、英海軍と協力して北大西洋でドイツのUボートを挑発することで、戦争を正当化できる事件を起こそうとしました。しかし、ヒトラーはその餌に食いつきませんでした。このため、ルーズベルトは、アメリカの大多数が反対しているアメリカの本格参戦を実現するための口実を失ってしまいました。

 

1940年6月、タフト政権下で陸軍長官、フーバー政権下で国務長官を務めたヘンリー・スティムソンが再び陸軍長官に就任しました。スティムソン長官は、親英的なアメリカ北東部の名士であり、日本人の友人ではありませんでした。中国に対する「解放政策」を支持し、日本のアジア進出を妨害するために経済制裁を行うことを支持しました。ヘンリー・モーゲンソー財務長官とハロルド・イケス内務大臣も、この政策を積極的に支持しました。ルーズベルトは、制裁によって日本が米国に対して戦争を仕掛けるという軽率な間違いを犯し、同盟国ドイツも巻き込むことを期待していました。ルーズベルト政権は、日本が外交的に申し出てきた関係改善を冷たくしりぞける一方で、日本に対してますます厳しい経済政策を課していきました。

 

1939年、アメリカは日本との通商条約を一方的に打ち切りました。1940年7月2日、ルーズベルトは「輸出管理法」に署名し、国防関連物資の輸出管理を強化しました。この法律により、7月31日、航空燃料、潤滑油、第一重溶解鉄、鉄くずの輸出が制限されました。ルーズベルトは、日本を狙い打ちする目的で、10月16日からイギリスと西半球諸国を除き、鉄くずと鉄鋼の輸出を全面禁止にしました。さらに1941年7月26日、ルーズベルトは在米日系人の資産を凍結しました。こうして、日米の通商関係は実質的に消滅しました。その1週間後、ルーズベルトは、当時まだ日本が輸入することができていた種類の石油も輸出禁止にしました。イギリスとオランダもこれに続き、東南アジアにある植民地から日本への輸出を禁止しました。

 

ルーズベルトと部下たちは、自分たちが日本をどうしようもない状況に追い込んでいること、日本政府が戦争によってこの締め付けから逃れようとする可能性があることを知っていました。日本の外交暗号は解読されていたので、アメリカの指導者たちは、豊田外相が7月31日に野村駐米大使に伝達した内容などを知っていました。そのメッセージの一部を紹介します。

 

「英米を中心とする第三国と日本との間の通商関係は極度に逼迫してきており、もうこれ以上耐えられない。したがって、我が帝国はその命を守るために、南洋の原料を確保するための措置を講じなければならない」。

 

これは1941年7月末にアメリカの指導者たちが実際に目を通した通信文で、彼らは日本が置かれている状況を完全に理解していました。アメリカの暗号学者は、日本の海軍暗号も解読していたので、アメリカの指導者たちは日本の攻撃が真珠湾を含むことを知っていました。しかし、攻撃を回避したり、防御の準備ができる立場にあったハワイの司令官にはこの重要な情報を伝えなかったのです。

ルーズベルトとその首脳陣が警告を発しなかったのも当然です。差し迫った攻撃は、まさに彼らが長い間求めていたものだったからです。

 

スティムソンは1941年11月25日の戦争閣僚会議の後、自身の日記に本音を書いています。

「問題は、われわれ自身をあまり危険にさらさずに、いかにして彼らを操り最初の一発を撃たせるか、だった」。

 

真珠湾攻撃が起きた後には、スティムソンはこう告白しています。

「私の最初の感情は、危機が国民を団結させるような形で訪れてくれたという安堵感だった」。

ありがとうございました。

 

 

 

■ 麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン氏の提言

 

 

産経新聞に載っていた、麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン氏の記事が目を惹いたので、まとめました。

 

「白船」襲来と日本国政の危機に

麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン 産経新聞正論より

2022/01/10 

 

沖縄県・尖閣諸島周辺には、中国海警局船が連日侵入している(仲間均氏撮影) 
沖縄県・尖閣諸島周辺には、中国海警局船が連日侵入している(仲間均氏撮影) 

 

 

ある日突然、日本列島の沖に外国籍の船が現れる。お互いの平和と繁栄のために来ている、とその外国の指導者が船の動きを説明する。が、威嚇の様子が一目瞭然。お互いの平和どころか、西太平洋で新秩序を実現することが目的ではないか。ほら、一つ一つ、周りの国々がその船の持ち主である外国の属国になっている。

 

だが、長年平和ボケしている日本の政府が対応に迷う。今まで通りやればなんとかなる、と日本の官僚層がエンドレスに、たらい回しにする。日本は果たして間に合うのか。独立を守れるのか。不安が漂う。先が見えない。

 

これを読んで幕末、米国のペリー提督が率いた黒船が来航した1853年ごろの歴史を思い出す方が多くおられるかもしれないが、現在進行形で起きている現実だ。

 

■幕末ならぬ目の前の国難

2022年の今、日本を威嚇する外国籍の船は、中国海警法の下で法執行機関を装い武装した「第2の海軍」ともされる海警船で、合衆国の黒船ならぬ「白船」だ。

 

中国が日本にもたらしているのは、平和、繁栄などではなくて、西太平洋、それから全世界の「新秩序」にほかならない。

 

昨年12月、元米国陸軍中佐で私の友人でもあるサルギス・サンガーリ氏が、日本の国会議員ら関係者に、安全保障問題で警鐘を鳴らした。同氏は中東問題などを注視するシンクタンクの創立者、経営者として活躍している。

 

サンガーリ氏によると、今日が1853年の再来だ。中国の台頭は、米国の台頭と同様で、世界を揺るがす出来事だ。日本政府が「今まで通り」で対応できる問題ではない、と。

 

同氏の発表の中では、もう一つ耳を傾けることがある。それは、米側が日本に対して「新植民地主義」の態度をとっている、という指摘と批判だ

 

■不健康な依存関係憂える

「新植民地主義」とは何を指すのか。つまり米国は、戦後解体された大日本帝国の本土で米国風帝国主義を展開した、との指摘だ。

 

自分の国を守ろうともしない日本政治家は、おかしい。原因は、この新植民地の意識にあるのではないか。確かに、あと3年ほどで、戦後体制80周年という祝うべきではない記念日が回ってくる。非常に残念なことに、米国の「新植民地主義」が日本の政治家の常識として定着してしまった。サンガーリ氏が憂えるのはこの不健康な依存関係だと思う。

 

中国に立ち向かう以前に、日本の政治家がいわゆる「ジェノサイド・オリンピック」の外交的ボイコットさえ躊躇(ちゅうちょ)し、日本政府が「新植民地主義」の下で主権も、国家という概念すらも手放したようだ。

 

米国がつくった問題だから自業自得ともいえるが、戦後80年近くを経て、もはや米国のせいにはできない。戦後体制という呪縛を解くのはもう、日本人自身だ。中国の一部になっても平気と言うのだろうか。

 

やはり、「戦後体制」というフレーズにも見える、近現代史の複雑な遺産があって、中国に遠慮しているのが分かる。しかし、近現代史を的確に理解しよう。歴史の苦い皮肉の一つとして、日本国が周りの国々の独立を確保するために、自分が独立を失って外国の帝国の支配下に入った。まさに複雑な歴史だ。

 

でも近現代史だけが日本の運命を決めるわけではない。戦争、それから戦後体制が日本の全てではない。例えばもっと長い歴史の目でみれば、日本が外国の帝国の支配下に入っていることが極めて異常な状態だとわかる。

 

■中国共産党の悪夢見ぬため

英国の歴史家、アーノルド・トインビーが1930~50年代に書いた『歴史の研究』の中で日本文明の個性を認めた。米国の政治学者、サミュエル・ハンティントンも、1996年に刊行した『文明の衝突』の中で、日本の文明的個性を強調した。どこの帝国にも付属しない、歴史的独立性や文化的個性に満ちている文明の大国、日本について。

 

もしこの歴史の流れがようやくきちんと理解されるなら、日本がこれから何をすべきか明らかだろう。新植民地の身分証明書でもある米国製の憲法を見直して、自衛隊の存在を憲法で軍隊として明記し、その力を強め、中国に対する準備を万全にすることだ。

 

トインビー博士は、日本が西洋帝国主義に対する結局の勝利を高く評価したのに、日本人がその功績を否定していることが、世界を危険に晒(さら)す要因になっている。

 

中国共産党が日本、さらに全世界に押し付けようとしている悪夢の「新秩序」を砕くまでの道は、文明の国・日本が、かつて西洋の帝国からアジアの国々を守るために失った独立を取り戻し、米国の新植民地から脱却することだ。

 

そうしない限り、次世代が日本という国を受け継ぐことができなくなり、日本国が中国共産党の支配下に入りかねない。

 

麗澤大学ジェイソン・モーガン准教授 
麗澤大学ジェイソン・モーガン准教授 

 

ジェイソン・モーガンは、麗澤大学 国際学部 准教授。 1977年生まれ。 アメリカ合衆国ルイジアナ州出身。 専門は日本史、法社会学史。

 

 

 

■ 数学者藤原正彦氏の提言

 

 

2021/10/月4日、岸田文雄氏が、第100代内閣総理大臣就任。

産経新聞に載っていた数学者藤原正彦氏の記事が目を惹いたので、まとめました。

 

新自由主義から目をさませ  数学者・お茶の水女子大名誉教授 藤原正彦

2021/11/05

 

●新自由主義から転換…ケンカ腰でやれ

岸田文雄首相が「新自由主義からの転換」を自民党総裁選、衆院選を通して掲げた。画期的である。中曽根康弘首相から始まり、橋本龍太郎首相が加速し、小泉純一郎首相時代にはほとんど全体主義的暴走にまで達し、その後も安倍晋三首相と菅義偉首相に引き継がれてきた教義をひっくり返そうというのだからだ。

 

大雑把に言うと、新自由主義=グローバリズム=小さな政府―である。その三本柱は規制緩和、自由貿易(ヒトカネモノが自由に国境を越える)、そして緊縮財政だ。この一見すばらしい三本柱により、我が国はここ三十年余りの間にズタズタにされてきた。

中略

自由貿易とは元々アングロサクソンの考え方だが、これによりリーマン・ショックが世界を震撼させ、我が国では安全保障の中核たる食料自給率が低下した。アメリカに押しつけられた株主中心主義により、多くの企業で外資が有力株主となったため短期に成果をあげることばかりが求められ、長期研究投資は抑えられた。

 

その結果、半導体など我が国の誇る製造業は壊滅的打撃をこうむった。株主中心主義とは製造業をつぶす毒薬なのだ。賃金より配当ということで、労働者の給料も下落した。二十数年前に世界トップだった実質賃金は、今やイタリヤや韓国にさえ抜かれた。

中略

残念ながら岸田首相の政策時は今後強烈な逆風が予想される。自民党、新聞、テレビ、マスコミからの逆風も強い。日本政府は、ここ二十年にわたり新自由主義による政策を指示してきたからだ。

 

新自由主義により貪欲に日本を食い物にしてきた国際金融資本の後ろ楯、アメリカの強い逆風もあろう。また岸田氏の経済安全保障は、科学技術の中国への流出防止や中国に頼らないサプライチェーン構築も視野に入っていて、中国を刺激しそうだ。一言で言うと、岸田氏は政官財学の主流、マスコミ、米中など強力な抵抗勢力に包囲され粗面楚歌と言ってよい。救国のための検討を祈るばかりだ。

 

●論理だけでは世界は回らず

新自由主義が最も傷つけたのは、実は世界各国の国柄である。とりわけ日本は深手を負った。

 

16世紀以来、来日した西洋人がほぼ異口同音に絶賛し、明治に来日した詩人アーノルドが「天国または極楽に最も近い国」と評した、日本の文化、美術、道徳、礼節、もののあわれなどの情緒、が生き馬の目を抜くような競争社会の中で浸食された。

 

物事の価値を金銭で測ったり、お金を儲けることこそが人間の幸せ、などという日本の国柄に全くそぐわない教義に、なぜ巻き込まれたのだろうか。

 

冷戦終了後の世界で、軍事上の無二の盟友でありながら経済上のライバルとなったアメリカに強要されたのだが、日本はそれに抵抗しなかったばかりか歓迎さえしていた。

 

思えば我が国は、明治には弱い者いじめにすぎない帝国主義に手を染め、文明開化に狂奔し、大正には大正デモクラシーに酔い、マルクス主義にかぶれ、昭和にはドイツ型軍国主義に浮かれ、戦後はGHQに他愛なく洗脳され、ここ30年はグローバリズムにあっさり染まった。

 

欧米由来の思潮はすべて論理の産物である。一方、日本の国柄に論理はない。

 

欧米思潮にあっという間になびいたのは、産業革命をなしとげた欧米への崇拝もあったが、根本的には論理が脳に快いからだ。ただ、近年の世界の混迷は、「論理だけで人間社会はうまくまわらない」を示している。

 

もののあわれ、惻隠、卑怯を憎む心など、日本人が古来から大事にしてきた情緒と形こそが、今こそ混迷の世界を救うのに必要なのだ。新自由主義から目をさまし、世界の宝石、日本を取り戻す時である。

 

数学者・お茶の水女子大名誉教授 藤原正彦 
数学者・お茶の水女子大名誉教授 藤原正彦 

 

藤原正彦は、昭和18年(1943年)7月9日生まれ。日本の数学者。お茶の水女子大学名誉教授。専門は数論で、特に不定方程式論。エッセイストしても知られる。

 

 

 

■ スティーブン・クーニン氏の見解

 

 

Harano Timesに目を惹く動画が載っていましたので、書き起こして掲載します。

 

環境問題CO2のうそ・・政治が科学を利用している

オバマ政権のエネルギー科学次官、スティーブン・E・クーニン

2021/11/02

 

米理論物理学者スティーブン・E・クーニン教授  
米理論物理学者スティーブン・E・クーニン教授  

 

スティーブン・E・クーニン(1951年12月12日生まれ)は、アメリカでの理論物理学者、兼ニューヨーク大学アーバン・サイエンスと進歩のためのセンターのディレクター。彼はまた、ニューヨーク大学のタンドン工学部の土木都市工学科の教授でもあります。2004年から2009年まで、クーニンはBPに石油ガス会社のチーフサイエンティストとして雇用されました。2009年から2011年まで、彼はオバマ政権のエネルギー省の科学長官の下にいました。

 

 

環境問題CO2のうそ・・政治が科学を利用している

 

気候は人間が出すCO2より自然変動が大きい。

「CO2が原因」は、科学的に決着済みでない。

 

気候変動で人類消滅と煽るのは、

政治が科学を利用している

 

ヒュブリスが人間の心にとりつくと神をも恐れない傲慢な人間に、

最後は自分の破滅へ

 

人間の力で世界のCO2を削減して温暖化を止められる?

 

温暖化によって

米国の熱波の多発?・・1900年と同じ

米国のハリケーンの多発?・・100年前と同じ

世界的な洪水の多発?・・過去70年で同じ

 

温暖化によって

グリーンランドの凍土が溶けた?・・80年前と同じ

 

化石燃料による世界のエネルギーを80%削減!

化学的に不可能

CO2は大気中からすぐには消えない。

現在排出中のCO2の60%は20年残る。

30~55%は100年残る

15~30%は1000年残る

 

化石燃料による世界のエネルギーを80%削減!は、数世紀かかる。

 

私たちはCO2を簡単に減らす能力はない。

それが出来ると思うのがヒュブリス。

 

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